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名前が室内に入るとその頬を銃弾が掠めた。弾の飛んできた方向に銃口をむけてトリガーを引き、エレンとミカサに出てくるよう合図をした。二人はソファーの影に身を伏せる。ミカサもエレンもSPの銃を持っていた。名前は援護を二人に任せ、扉の側で息を一呼吸置き、部屋に飛び込んだ。動く人影に向かって発砲しながら、身を低くして転がるようにテレビ台の影に隠れた。

「ケニー。あなた、どこから入ったんですか」
「あの部屋の暖炉の奥にな、なんと驚くことに通路があるんだ!」
「あら、そうだったんですか」

ケニーに向かって名前は銃をむけた。ケニーは逃げも隠れもしていなかった。その後ろには顔色を悪くしたレイス氏がいた。ゆっくり部屋に入ってきたエレンとミカサもテレビで見たことのある政治家の顔に目を瞬かせた。

「この二人は私と全然関係なく奥の秘書殿に用があるんですけど、通してもらいますよ」
「俺は構わねェが、パトロンの方はどうだろうな」
「ふたりとも、行って」

ケニーが後ろにいるロッドを指さすと名前の銃がロッドに向いた。名前はエレンとミカサを背にかばうように立ち、じりじりと奥の部屋に近寄った。エレンとミカサが部屋の中に入ると後ろ手に扉を閉めた。

「で、子猫ちゃん。お前の用事は何だ?」
「アニの身柄と引き換えに、私は脱税の証拠をお渡ししましょう。どうせ証人はみんな死んでしまったんですから、証拠さえ自分が持っていれば安心でしょう?」
「俺達の中ではな。でも、この世間を騒がせているテロ事件の犯人を警察はどうするんだろうな。被疑者不明で終わり、は世間様が許さないだろうよ」
「不明は世間もあなた達も許さないでしょうね。残る選択肢は実行犯を差し出すか、被疑者死亡です」
「いい答えだ。俺達も最初はそのつもりだったんだよ。マリア銀行を爆破したあと、実行犯の三人には自爆テロを起こしてもらうつもりだった……けどな、名前、お前がこの男にちょっかい出したせいでずいぶん話がこじれたんだぜ。昔の誼で何度も忠告してやったってのに」

ケニーは名前を生かしておくつもりはないらしい。ケニーの後ろにいるロッドも顔色こそは悪いように見えるが、動揺はしていない。隣の部屋から争うような声が聞こえてきているが、ミカサとエレンならば大丈夫だろう。ロッドは名前よりも奥の部屋の声に意識を集中しているようだ。くぐもった悲鳴が聞こえた。

「あいつらは……何をする気なんだ?」

ロッドが初めて口を開いた。

「彼らには手を出させませんよ。あなたのキャリアはここで終わりです」

銃をケニーからロッドに向けた。ケニーの目が名前から、その横に移る。名前の耳が安全装置を外す音を拾った。

「警察だ!ここをあけろ!!」

リヴァイの奥が幾つもの壁を隔てて聞こえてきたのと、名前が入ってきた扉から弾丸が飛んでくるのはほぼ同時だった。名前は振り返りながら引き金を引く。名前に銃をむけていたのは、アルミンが送ってきた写真にケニーとともに映っていた女だった。動きが止まった名前にケニーは肉弾戦を仕掛けてくる。遠距離と近距離で波状攻撃をかけられた名前は心中で焦りの念だけが渦巻いていた。その混乱に紛れてロッドはエレン達が入っていった部屋へと駆け込んだ。名前は太ももに括りつけていた手榴弾のピンを抜き、女に向かって投げつけた。


■ ■ ■


突然の侵入者にとっさに身体が動いたミカサは反射的に男の鳩尾に拳を叩き込んでいた。それを見ていたエレンは呆れたように顔をゆるめた。ミカサは老人にも容赦がない。倒れこんだロッドを見て、これどうするんだ?とエレンが疑問を口にしようとした時、隣の部屋から爆発音が聞こえた。部屋と部屋を区切っていた扉が開くと、煙が入ってきた。そして扉はすぐに閉められた。

「名前さん!」
「レイス氏は……伸しちゃったのね。エレン、ミカサ、先に逃げなさい。警察が来たわ」

名前はロッドのポケットをあさり、古びた鍵を取り出した。暖炉の観音扉を鍵を使って開けると、階段があった。ミカサとエレンも名前の後ろから薄暗い階段を覗きこんだ。名前はエレンとミカサが持っていた銃を取り上げ、代わりに鍵を渡した。

「後は任せて。早く逃げなさい」

エレンは名前を置いていくことに少しためらいを見せたが、ミカサはエレンの手首を掴み、階段を降りていった。その後ろで名前が扉を閉めた。スイートルームの扉も破られたようで、警察官の怒声が大きくなった。名前は部屋の窓から下を覗き見る。道には数え切れないほどのパトカーが並んでいた。銃声を聞きつけて通報したのだろう。名前はベッドの上で血を流して眠る秘書の手に、シーツで拭った拳銃を握らせた。エレンもミカサも手袋をしていたので、指紋の心配はしなくていいだろう。

「動くな!」

名前の居た部屋の扉が蹴られるような勢いで開いた。リヴァイを始めとする数人の拳銃が名前に向く。リヴァイの視線はベッドで血を流す秘書と名前が持っていた拳銃を往復したが、秘書の手にも拳銃があるのを確認して眉を上げた。足元のロッドを爪先で小突いて生死を確認した。名前は手をゆっくりと上に上げ、持っていたグロックを床に落とした。

「十五時三十六分、銃刀法違反罪で現行犯逮捕だ」

リヴァイは名前の手首に手錠をかけた。

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