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画面に写った写真に、誰ですかと尋ねたエレンの質問は最もだろう。名前がこの男を引き当てたのも偶然だ。偶然とはいえ名前が知ることができたということは、一般人ではないということだろう。エレンもそう検討は付けた。名前は次のページを捲るように指をスライドさせた。経歴が写る。

「公設第一秘書?」
「簡単に言うと国会議員の秘書よ。国からお給料をもらっている秘書」
「……どうして今更見つかったんですか」
「今抱えている案件の関係者というか当事者で、強請ったら吐いたのよ」

怪しいものだとエレンは思った。名前ならばもともと知っていたものをあえて今まで隠そうとしていたのかもしれない。心のなかの反抗心からエレンはそう思ったが、だが、だからといって名前の持ってきた話を信じないわけではなかった。嘘は、つかない。それだけは信じていた。

「この人はいまどこに?」
「あそこ」

名前が指を刺したのはエレンの背後だった。勢い良く振り返るエレンに隣のテーブルに座って音楽を聞いていた女性がぎょっとした顔を見せた。名前はエレンの単純な反応にけらけらと笑った。

「真後ろに居ると思ったの?」
「……」
「彼がいるのはそこよ、道を挟んだ向こう側にあるホテルの中。彼を雇っている政治家と一緒にいるわ」
「……名前さんがおすすめする、この後俺がとるべき行動は何ですか?」

名前の口角が上がった。名前もただ、情報をエレンに伝えに来たのではない。エレンもそれを汲み取ってこのような質問をしたのだろう。話は長くなる。エレンも名前も飲み物をすっかり飲んでしまっていた。名前はエレンに財布を渡した。

「お代わりを買ってきて頂戴。任せるわ」

エレンが買ってきたのは温かいソイラテだった。湯気の立ち上るそれを冷ますために容器を手で包、じんわりと熱を感じる。こらえ性のないエレンは熱いと言いながら舌をつけ、名前の返答を待っていた。

「あなた達がマリア銀行から持ってきた宝石、中身はダイアモンドよね」
「はい」
「持ち主の名前は?」
「ヒストリア・レイスという女性の名前になっていましたが、本来の持ち主は防衛大臣のロッド・レイスです」
「脱税品を持ちだしたわけね。偉い偉い」
「………」
「その宝石の持ち主も、この男と一緒にそこのホテルに居るっていえば、わかる?」

エレンはもう一度肩越しにホテルを見た。ゆっくりと名前に向き直ると、彼女はエレンに向かって手を差し出していた。

「早急に宝石を持って来なさい。仇討ち、手伝ってあげるわ」

エレンは無言で飲みかけのソイラテを置いて立ち上がった。名前はようやく口がつけられる温度になったソイラテを飲みだした。しかし、何も突っ込まれなかったなと名前は思う。名前が身にまとっている洋服は黒のワンピースにベージュのジャケット、首にはスカーフを巻いている。どうみても普段着には見えないものだったが、結局エレンは何も言わなかった。


■ ■ ■


この時間帯ならばアルミンもミカサも大学にいるだろう。エレンはそう思い、玄関の扉を開けた。下を見ずに靴を脱ぎ、リビングへの扉を開けると、ソファーにはアルミンもミカサもいた。想像していなかった展開にエレンは口を半開きにした。

「お前ら…どうしたんだよ。この時間帯は必修だろ?」
「エレンの様子がおかしかったから」
「なんでもねェよ」
「嘘。私にはわかる」

ミカサはソファーから立ち上がり、エレンの前に立った。エレンはミカサと目を合わせようとしない。ミカサは下から覗き込むように無理にエレンと視線を合わせた。

「名前さんに仕事を頼まれただけだよ」
「私も行く」
「なんでだよ。お前は頼まれてないだろ」
「エレンが心配だから。名前さんとエレンだけじゃ心配」

ミカサの言い方にアルミンは苦笑いを浮かべた。名前が聞けば拗ねそうだ。だが、残念ながらアルミンも同感である。どこか切羽詰まっている様子だった名前と動揺しているエレンだけでは、不安だ。エレンの視線がミカサから冷蔵庫に向いた。

「さあ、エレン。一緒に行こう。名前さんも一人で来いとは行っていないんでしょう?」

アルミンのやさしい言葉に、エレンは子供のようにこくりとうなずいた。ミカサは冷蔵庫の奥から巾着に入ったダイアモンドを取り出し、エレンの手の上に乗せ、エレンの手ごとその宝石を包ませた。伝わる体温にエレンは目頭を熱くする。

「私達がいれば、大丈夫」

名前がエレンに吹き込んだものは、エレンの原動力ともなるものだ。エレンが五歳の時、エレンの目の前でエレンの母親は殺された。よく晴れた日の夕方、綺麗な夕日が出ていたことを今でもエレンは覚えている。

「絶対に、許さない」

アルミンに肩を抱かれたエレンは十三年間抱き続けてきた殺意を抱きかかえ、強く、血がにじむほど強く唇を噛み締めた。

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