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リヴァイはホテルのエントランスの受付で警察手帳を見せた。顔色を変える受付嬢に、落ち着くよう言い、名前の外見を伝え、見なかったかと尋ねるも自分は見ていないと答えられた。

「ホテル内の防犯カメラの映像を見せてくれ。あと、宿泊者の名簿も」

慌てて上司に連絡する女の姿を横目で捉えながらリヴァイは四方に意識をむけた。ロビーに名前の姿はない。そもそもどうしてこのホテルに来たのだろうか。誰かと元々会う約束をしていたとは思えない。一時的に寄っただけなのか、それともこのホテルを根城にするつもりなのか。スーツ姿の男が持ってきた宿泊名簿をカウンターの端で広げて素早く目を通していたリヴァイの手がページを捲ったところで止まった。名前の名前は無い。リヴァイはスマートフォンをポケットから取り出した。

「エルヴィン」
「ああ、今どこにいる?捕まえられたか?」
「トロスト駅のヒストリアホテルだ。宿泊名簿に名前の名前はないがレイス氏と…昔の知り合いの名前がある。こいつらが組んでいるなら、あの人目の気にしないテロ行為も法案も説明がつく」
「ハンジの班員を派遣しよう。政治家が関わっているならなるべく内密にしてほしい」
「わかった」

リヴァイをホテルカウンター奥の部屋に案内するためにホテルマンがカウンターから出てきた。リヴァイはエルヴィンとの通話を続けたまま監視カメラのある部屋にはいる。社員の休憩所らしいそこに置いてあるソファーに腰掛け、廊下や出入口、駐車場が写されたモニターを注視した。モニターとソファーの間にある机の上には一台のパソコンが開かれている。

「赤外線感熱式温度センサーになります。人の体温を検知するもので、客室に人がいるのかいないのかがわかります」
「あと、従業員の顔と名前の乗った一覧も欲しい」
「えっと、あの、総支配人の方から事情を聞けと言われまして」
「…すぐに本庁から通達がいくはずだ」
「わかりました」

納得はしていないような顔でホテルマンは引いた。

「だよな、エルヴィン」
「ああ。適当な文面を見繕う。リヴァイ、今は名前のことは置いておけ。次のテロを防ぐことを念頭に置いて動いてほしい」
「…名前は拳銃を保持している。あいつが何を考えているのか俺にはわからない。もしかしたら、レイス氏とやりあうつもりかもしれない」
「……念のため防弾チョッキをもたせよう。レイス氏の身の安全も考慮してくれ」
「わかった」

リヴァイは通話を切ったスマートフォンを机に置き、モニターを睨みつけた。まるでマリア銀行爆破事件の再現のようだとリヴァイは嘲笑を浮かべた。エルドもグンタもペトラもオルオも意識不明の重体だ。生きていたことが奇跡だと言われた。防弾チョッキを着ていたために内臓へ深いダメージを負わなかったらしい。リヴァイはふと目線を下げた。そして机の上に置かれたカウンターベルをチンッと鳴らした。

「ホテルマンの制服を借りることはできないか?」
「はい?」
「スーツ姿で彷徨くのは目立つ。なにせ平日の昼間だからな……ここだけの話、重大犯罪に関わっている人物を追っている。そいつがこのホテルに潜伏している可能性があるんだ」

リヴァイは青い丸のGPSが点滅して反応する地図をホテルマンに見せた。ちらりと名札を見ると、支配人の肩書が見えた。総支配人と話をつけるのはエルヴィンがやってくれているのだろう。迷っていたトーマスは上の指示を仰ぐと言って出て行ったが、すぐに白い長袖のシャツと黒いノースリーブジャケット、クラバットを持って帰ってきた。クリーニングに出していたものをそのまま持ってきたのか、未開封の袋に一式が入っているものだった。

「一時間もしないうちに俺の部下がくる。そいつらもここに入れてやってくれ」
「承知いたしました。また何か御用がございましたらお呼びください」
「すまない」

ハンジからのメールでモブリットを除くハンジ班のメンバーを応援に送るという旨が送られてきた。リヴァイはそれを確認して返信をし、受け取った制服に着替えた。名前がこのホテルに潜伏しているのならば、部屋に閉じこもっているとは思えない。名前ならば、従業員に紛れて動くだろう。防犯カメラに映らないのも、防犯カメラを設置する必要のない場所にいるからではないのか。例えば、従業員専用通路や部屋などに。リヴァイは鏡でクラバットを整え、静かに部屋を出た。


■ ■ ■ 


名前はホテルの眼と鼻の先にある喫茶店でキャラメルとマロンを使ったクリームフラペチーノを味わっていた。リヴァイに対する腹の中の怒りは甘みによって多少緩和されたが、それでも収まらない。どこかイライラする名前を対面に座って同じくフラペチーノを吸っていたエレンは巻き込まれたくないという感情を全面に表していた。

「で、今度は俺を呼び出して何のようですか?」
「エレンくんのお母さんの事故についての情報が入ってきたって言ったら、もう少し仲良くしてくれるかしら」
「…………いいんですか、それを言って。俺は母さんの仇を討ったら、もう名前さんの頼み事なんか聞きませんよ」
「いいわよ。私もそろそろこの業界から離れようと思っているから」

エレンは大きな金色の目を更に丸く大きく見開いてみせた。長いまつげに縁取られ影がかかった目元は落ちそうな程に強調されている。名前はその顔を見ながら残り少なくなった甘い液体を勢い良く吸い込んだ。

「ひき逃げ死亡事故の公訴時効は十年間だから、たとえ捕まえても公に裁かれることはないって分かっているよね」
「ええ、名前さんが言ったんじゃないですか。俺の十五歳の誕生日の時に。もう、たとえ捕まえても公に裁かれることはないって。それでも知りたい?探してあげようか?って」
「ああ、言ったかもね」
「最悪の出会いでしたよ。それ以来、俺は名前さんが好きになれません」

名前は笑いながら二十センチ×十三センチほどのデバイスをエレンに渡した。そうだ。名前がエレンをこちらに引きずり込んだのだ。ミカサとアルミンを道連れにして。エレンは受け取ったデバイスに視線を走らせ、その眉根を強く寄せた。

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