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アフターで高級なホテルに流れ込み、女と肌を重ねた高杉は欲を吐き出しても胸の内に溜まる薄い靄まで吐き出すことはできなかった。隣で安心するように眠る彼女の頬を軽く撫でて、自分も目を閉じた。目を閉じて、思い返すと無性に腹が立つ。その原因は名前と銀時であることは明白だ。気になって、近づいて。なのに、女が選んだのは銀時。泡立つような感情に舌打ちを打った。手に持ったスマートフォンの発信履歴を無意味にスクロールする。プライベート用の番号を教えているのにかけてさえこないとは。履歴に並ぶ『坂田銀時』の名前に嫉妬が宿った。頭を冷やそうとベットから降り、ベランダへと出る。ラブホテルと違ってベランダがあるホテルから見る景色は良いものだった。握ったままの携帯。意を決して名前に電話をかけてみた。

「……出ねえか」

一抹の寂しさを感じながら煙草に火をつけた。点火を促すようにきゅっと息を吸い、煙を吐き出す。自業自得だと分かっているが、どうすればいいのか考えたくはなかった。ホストだから、本気になって考えないのかもしれない。ふと出た結論に煙草が苦くなった。ありえないことはない。友達がホストに弄ばれて…と名前は言っていたじゃないか。枕営業までしている身で何をいうかとも思うが、真剣に名前を抱きたいと思った。彼氏になりたい、という思いよりも、まず抱きたい。夜だからこんな思考に陥るのかとも思ったが、ただ傍にいるだけでは満たされそうになかった。もっと知りたい、もっと近づきたい。まだ数回しか会っていない彼女にどうしてここまで惹かれているのか自分でもわからないが、漠然とそう思った。


■ ■ ■


布団に転がり込み、睡眠態勢をとる。嫌なことがあったらとりあえず寝る。それが名前の対処法だ。高杉さんはきっと私にお店に来てほしくなかったんだ。ちょっと優しくされたのを履き違いた私を図々しい女だと思ったに違いない。忘れよう忘れよう寝よう寝ようと試みても頭は考えることをやめてくれなかった。妙に冴えた脳味噌に睡眠を諦める。寝られないなら他のことをして気を紛らわしたほうがマシだ。そう思った名前は枕元に置いたスマートフォンを手に取った。とりあえずツイッターで「寝られない」と呟いてみる。数分後、着信。神威からだった。ディスプレイに映し出されたその二文字に心臓が馬鹿みたいにはねた。

「もしもし」
「やァ…そういえば名前と電話するのって久しぶりだね」
「……そうですネ」
「夏休み中に一回かけたきりか。…ねえまだ俺のこと好き?」
「さあ、どうだろうね」
「なにそれ。じゃあ今度二人で飲みにいこうよ」
「いいよ」
「ふふっ……可愛いね名前」
「なにそれ。いきなりなに言ってんの?」
「思っただけ。ねえ、名前はいい話ないの?」
「神威と違ってモテるわけじゃないからそんな話ないよ」
「沖田って絶対名前のこと好きだと思うんだけど」
「……いや、ないでしょ。ただ仲良いだけだよ」
「もし沖田に告白されたらどうする?」
「……その時になったら考える」
「えー俺がいるのに付き合っちゃうかもしれないんだ」
「あたし神威の彼女じゃないもん。誰と交際しようが自由デショ?」
「そうだネ」

電話越しにケラケラと神威が笑った。ずるずると神威に溺れていきそうな感覚が手足の先から心臓へとにじり寄ってくる。神威に彼女ができた時、この恋には終止符を打ったつもりだった。でも別れたという。仲の良い友達を続けてはいたが、名前のことを本当はどう思っているのかを教えてくれない。二人で飲みにいったらまた何かありそうだ。少なくとも名前は期待してしまう。神威もそれは承知だろう。都合のいい女とは違うが、曖昧な関係に戻りそうな予感はする。またあんな苦しい思いをするのかと苦い気持ちにもなるが、どっちかというと喜びが勝ちそうだった。

「名前の作ったお菓子、また食べたいな。気が向いたら作ってよ」
「気が向いたら作るよ」
「ふああ……名前と喋ってたら眠くなっちゃった」
「あ、もう二時じゃん。あたしもそろそろ寝ようかな……」
「じゃあまたキャンパスで」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」

通話が切れ、名前は先ほどとはまた違った複雑な感情を抱えた。以前ほど神威に対する恋心はないが、まだ好きだと確信してしまった。だがもう一人、高杉にも少なからずの好意を抱き始めている。混乱する頭を抱えた名前は布団を頭からかぶった。ギュッと目を閉じる。あと五時間ほどしかない睡眠時間も考えつつ、ぐるぐると回るような脳内をぐっちゃぐっちゃにかき回してみたくなった。

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