31

  
アルミンとミカサも部屋に上がり、お世辞にも広いとはいえない名前の部屋は圧迫感を感じるようになった。名前の膝丈程度の高さのテーブルを挟み、リヴァイと名前と向かい合うように三人は座っている。

「いつもの事務所じゃないので落ち着きませんね」
「ええ、本当に。早く帰りたいものだわ」
「最近はお見かけしなかったので立て込んでいるんだろうなとは思っていました」
「別に沢山の案件を抱えていたわけじゃないのよ。私の事務所じゃおちおち昼寝もできない状況になったから離れていただけで」

名前の言葉にアルミンはなにか言いかけて止めた。お気の毒に、もおかしいし、大変でしたね、もアルミンが言う言葉ではない。そういえばアパートも放火されたと言っていたな、とリヴァイは思い出して少々不憫な気持ちになった。名前は落ちてきた髪を耳にかける。本人はあまり気にしていないようだ。

「で、マリア銀行の件で警察の情報が欲しいんだっけ」

名前の言葉にリヴァイは眼をまたたかせた。リヴァイの目の前の三人は其れを肯定する素振りを見せている。真ん中に座った金髪の青年が一センチ程度の厚みのある封筒を鞄から取り出して名前の前に置いた。

「今朝、捜査本部がマリア署で立ち上がったわ。捜査方針はここに書いてある通りよ」

名前はメモ帳を一枚切り取ってアルミンの前に置いた。ノーカーボン紙を綴じて作られたメモ帳の中身は、名前の隣に座るリヴァイから読める位置にもたれている。読まなくてもわかる。彼女の口から捜査方針、という言葉がでていたではないか。メモに書かれていたのは今朝リヴァイが渡した資料の中身だった。

「ありがとうございます」
「そうだミカサちゃん、返事できなくてごめんなさい。私もあの日銀行にいて、その時にスマートフォンの一個を壊しちゃったの」
「そうだったんですか。でもご無事で何よりです」
「ありがとう」

用は済んだのだから帰りたいオーラを出し始めたエレンをアルミンは小突く。小突かれたエレンが、そういえばとミカサを指差した。

「名前さん、ミカサに用があるんじゃなかったのか?」
「…ミカサちゃん、アルバイトしない?」

歯切れ悪くそう言った名前はアルミンが置いた封筒をそのままミカサの前にスライドさせた。

「アルバイトですか?」
「そう。ちょっとお仕事頼みたくて。ミカサちゃんじゃないとできない仕事なの」

エレンの顔が歪んだ。ちょっとした仕事の報酬にしては高すぎる。護身用にと隣の男を雇ったと言った。つまり彼女自身が危険に晒されている状態だということなのだろう。そこにミカサは巻き込まれるかもしれない。やめろよ、というようにエレンはミカサの腕を掴んだ。

「ミカサじゃなきゃできないってなんですか」
「ある人から情報を聞き出して欲しいの。その人物は絶対にミカサちゃんには危害を加えないわ。保証はする。どう?ミカサちゃん、やらない?」
「いいですよ」

ミカサはそう言った。エレンがおい、と声を上げるが、それは名前の手によって制される。エレンは関係無い。これは、名前がミカサに頼んだ仕事なのだ。

「詳しい依頼内容は後で電話するわ。できるだけ早くにお願い」
「わかりました」

不機嫌なエレンを先頭にアルミン達は帰っていた。玄関まで三人を送り、戻ってきた名前によって二人になった部屋で、ずっと沈黙を守っていたリヴァイが呟くように言った。名前はリヴァイが淹れたコーヒーの入ったマグカップを持とうとした手を止め、その揺れる黒い波面に視線を落とした。床に腰をおろし、リヴァイと向き合うように座った。

「お前は、俺から聞き出した情報も売っていたんだな」
「……もしかして、今まで気がついていなかったんですか?」
「あぁ。俺自身、ここまで自分の頭が悪いと思っていなかった」

名前はバツのわるそうな顔をした。リヴァイは見かけによらず、饒舌な男だった。だから、名前から情報を買っていた時も、ぽろぽろと捜査内容をこぼしていたこともあった。名前はそれを都合がいいことだと、むしろリヴァイが故意にやっているものだと思いと転売していたが、どうやらそうではなかったらしい。

「私の仕事は手に入れた情報を欲しがっている人に売ることですからね」
「それが犯罪者でもか」
「そもそも私自身犯罪者みたいなものじゃないですか」
「それもそうだったな」

ソファーに凭れ、リヴァイは片手で顔を覆い、深い溜息を吐きだした。彼を傷つけてしまったらしいと名前は気がついたが、何も言うことはできなかった。名前が悪いのではない。名前がリヴァイの正義に協力していると勘違いしたリヴァイが悪いのだ。リヴァイ自身、それをよくわかっていた。だからこそ、自分に向けての失望と怒りがこみ上げてきたのだ。手をどけたリヴァイは気合を入れるように短く息を吐いた。なにを決心したのかと名前は首をかしげた。

「それよりお前、あの女に何を頼むつもりだ」
「襲撃犯が武器を購入したお店の店員がミカサちゃんにぞっこんなんで、ちょっと聞き出してもらおうと思いまして」
「武器を購入した店だと?」
「ダメですよ。教えられません」

名前は苦笑いを浮かべた。今此処で手錠をかけられてもおかしくない状況に今更ながら名前は少しの恐怖を覚えた。

prev next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -