名前の反応に目の前の青年が危害を加える事はなさそうだと判断したリヴァイはその腕を離した。エレンはその掴まれた部分を擦る。結構な力で握られた気がする。手を擦るエレンに名前はロッカーから出した荷物をリヴァイに押し付け、エレンの手首を掴んだ。
「エレンくん、調度良かった。私、ミカサちゃんに用があるんだけど」
「ミカサが名前さんから返事がないって心配していましたよ」
「あー、いつも使っているスマホ、爆発の時に壊れちゃったのよ」
エレンの口角が下がった。首を突っ込むどころか、彼女もまたマリア銀行に当事者としていたようだ。お互い話したいことがある。逃すまいと力を込める名前の手をぽんぽんと軽く叩き、反対側の手でエレンはエメラルドグリーン色のスマートフォンを取り出し、アルミンに電話をかけた。
「アルミン、俺だけど」
「エレン?どうしたの?買物はないから早く帰っておいで」
「駅で名前さんに会ってっていうか捕まったんだけど、どうしたら良い?」
「………君、大学に行ったんじゃないの?」
「帰りに偶然だよ。離してくれそうにねーし」
目の前で繰り広げられる会話に名前は顔をしかめた。そして忘れかけていたが、名前の後ろにはリヴァイがいる。状況を静観しているようだが、エレン達のことを調べられたらまずい。
「リヴァイ、小一時間自由行動にしませんか」
「俺がそれを認めると思っているのか?」
「そこを何とか……」
「お前の知り合いって時点でもう察している」
「そうだとしても、貴方の立場的に深く関わるのはダメでしょうに」
リヴァイ自身も快く思っていない。だが、必要とあれば目をつぶろう。名前とリヴァイがこそこそと話しているうちにエレンとアルミンの会話も終わったようだ。
「とりあえず、ひと目のつかないところに行きません?」
「そうね……」
「で、誰ですかそこのおっさん」
「………仕事のパートナーよ。護身用に雇ったの」
リヴァイが胸ポケットに手を入れかけたところで名前は慌てて言った。警察手帳なんて出されたらエレンに逃げられてしまう。それどころか誤解されて名前の信用もガタ落ちだ。幸いなことに、エレンはリヴァイの動作を銃をちらつかせるようなものと解釈したらしく、深く突っ込んではこなかった。
「名前さんの隠れ家で安全そうな所ありますか?」
「カラネス町の方なら多分大丈夫だと思うけど」
「じゃあ、そこにしましょう。あとでアルミン達も来ます」
まだ燃えてないといいけど、と名前は小さくつぶやいた。敵がどこまで把握しているのかはわからない。だが、住処が燃やされたということはそれなりに調べられているということだろう。調べるのは好きだが、調べられるのは好きではない。再び電車に乗った三人に会話らしい会話はなかった。
■ ■ ■
名前の隠れ家は燃えていることもなく、侵入された形跡もなかった。大丈夫そうだと言って入っていった名前に続き、リヴァイとエレンも敷居を跨ぐ。最近は使用していないせいでどこか埃っぽかった。
「おい、掃除をしろ」
「ひと段落ついたらしますよ。窓開けるの手伝ってください」
1Kのためそこまで広さもないぶん換気は早い。外の冷たい風がエレンの身体を撫で、震わせた。名前は自動湯沸かし器で水を温める。インスタントのコーヒーを適当にカップへ入れキッチン台に置き、先にミルクと砂糖をテーブルに運んだ。
「ミカサちゃんたちはすぐ着くって?」
「タクシーで来るみたいなんであと二十分はかからないと思います」
「わかった。で、エレンくんはどうして私に声をかけたの?」
いつもなら無視するのに、と名前は悪戯っぽく笑って見せた。バツの悪いエレンだが、ちゃんと声をかけた理由はある。エレンはちらっとリヴァイをみた。
「もうすぐお湯が沸くと思うのでマグカップに注いできてくれませんか?」
「わかった」
リヴァイが部屋から出たのを確認してからエレンは話し始めた。名前はキッチンと部屋を隔てるドアを引いて閉めた。
「爆撃された時、俺たちは地下の金庫室にいたんです。もちろん、いつもの仕事で。で、名前さんから捜査情報を集めて俺たちが危なそうだったらどこかへ身を隠そうかと話してまして」
「エレンくん達もいたの?気がつかなかったわ」
「誰にも気づかれないようにしてましたからね。ってか、そんなことどうでもいいんですよ。警備員伸して、金庫爆破して物を盗んだのは俺たちなんで、それが警察の捜査にどう影響しているか調べてください」
「影響だなんて言わずに、身バレしてるか教えください、でしょ」
名前は意地悪く言った。エレンのこめかみに血管が浮きかける。この、何でも逆撫でするような言動が嫌いなのだ。それでもぐっと怒りを収めた。
「名前さんが首突っ込んでるなら捜査状況もわかるだろ、教えてく…ださい」
「いいわよ。で、一つ聞きたいんだけど」
あんた何を盗んだの?という名前の声に被さるように湯沸かし器が沸騰を告げるカチッという音を立てた。リヴァイは湯をゆっくり注ぐ。
「それは……まだ言えません」
「なんで?」
「後でちゃんと説明しますから!今はまだ!」
名前は胡乱な目を向けた。言えない。半分嫌がらせに盗んだ宝石をプレゼントする予定だったなんて、アルミンもミカサもいない今は言えない。キッチンから残り湯をシンクに捨てた時に発されただろうボコンという鈍い音がした。それを合図に二人の会話は終わった。両手にマグカップを器用に持ったリヴァイが部屋に戻ってきた。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
礼を言う二人にリヴァイは無言で頷いた。締め出されたリヴァイはどこか機嫌が悪い。それを宥めるように名前はリヴァイにミルクをいれるか、砂糖をいれるかと世話を焼いた。ミルクも砂糖も自分でたっぷりと入れたエレンは二人をそっと盗み見る。口調は違うけれど、どこか似た雰囲気の二人だと思った。