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ジャンはコニーからかかってきた店の電話をマルコに代わった。マルコは右耳に受話器を充て、何時ものように柔らかな声で話し始めた。

「サシャが捕まったって名前さんから聞いたんだけどよ」
「あぁ、知っているよ。名前さんにサシャが捕まったことを教えたのは僕だしね。助けたいんだろう?」
「話が早いぜマルコ。協力してくれるか?」
「いいよ。代金は名前さんからもうもらっている。今からでお店に来れるかい?」
「もうすぐ着くぞ」
「じゃあ待ってるよ」

ジャンに店を任せ、マルコは奥の部屋に引いた。コニーのことだ。お茶菓子くらいは用意しておいたほうがいいだろう。マルコがジャンの買ってきたスナック菓子を漁っていると扉が叩かれた。コニーはマルコが手に持つスナックのコーン菓子と棚の中の菓子を見比べた。

「ポテツが食いたい」
「ジャンのだけど、まあいいよね」
「ばれなきゃいいさ」

コニーはソファーに身を沈めた。マルコもL字型のソファーに座る。コーラとポテツをテーブルに置くと早速コニーはポテツに手を伸ばした。

「僕が考えた作戦はこうだ。あの交番には常に警察官二人が居る。一人がパトロールに出ているときを狙おう。一人になったときに僕がスマートフォンを受け取りに行くから誰も居なくなった奥の部屋に忍び込んでサシャを解放する。オッケー?」
「お…おう?」
「じゃあ僕の指示したタイミングで君の知り合いの警察官に連絡を入れて外に出してよ」
「おう!……なんでマルコ、俺とあそこの警察官が仲いいって知ってるんだ?」
「この町にはとっても優秀な情報屋がいるのは知っているかい?」

マルコはコニーに向かって片目をつぶって見せた。なるほど全て彼女の計画なのかとコニーは理解した。言いように使われている自覚はあるが、彼女のせいで悪いように転んだ試しはまだ無い。だから、許してしまうのだ。

「あの警察官、今度は名前さんについて聞いてきた」
「ついに警察に追われるようになったのかな」
「個人的に探しているらしいぞ」
「そうなんだ」

マルコはあまり興味が無さそうに見えたのでコニーはこの話を止めた。ジャンのポテツを遠慮なく開け、パクパクと口に運ぶ。もう開けてしまったのだし、とマルコも食べ始めた。

「そういえばウォール街にも再開発の話が出ているらしいよ」
「は?シガンシナじゃなかったのか?」
「どっちも進めるらしい。困ったね。開発範囲に僕たちの生活範囲ががっぽり重なっている」
「まーた暴れ出す連中が出てくるだろうな。シガンシナの時は煽ったけど、自分の身に降りかかるとなると…うん、悪いことをしたと思うな。暴れて当然だ」
「仕事場を失ったら、再決起は難しいよ。特に僕たちみたいなのはね。水商売のようにお店を渡り歩くことも出来ないし」
「そうなんだよな」

コニーは童顔に似合わない苦い顔をして見せた。シガンシナに居つく人間とウォール街に居つく人間の仲はあまり宜しくない。どちらも縄張り意識が高いのだ。シガンシナで仕事をしていた人間は、開発により追い出され、ウォール街やシーナ街で客を取り始めたとしても潰されるのが目に見えている。

「国としては若年層の犯罪率も下がって万々歳だろうけどね」

マルコは指についた塩を舐めた。塩っぱさに顔を顰める。サイダーを持ってきたよかった。喉を炭酸が刺激する。コニーはマルコと同じようにサイダーを勢いよく飲んだ。

「話は戻るけれど、サシャはいつ助けられる?」
「早ければ明日だ」
「オッケー。じゃあ今日は泊めてくれ」
「いいよ。二階を使いな」

翌昼、コニーはファーランに電話を掛け、隣の駅まで呼び出した。ファーランが出て十分が経ったことを確認し、マルコはスマートフォンを受け取りに交番へ入る。

「昨日お電話いただいたマルコ・ボッドです。スマートフォンを取りに来ました」

普段ファーランに事務仕事を任せているせいでイザベルはやや戸惑ったように笑いながら書類を探す。

「見つかって安心しました」
「駅前に落ちてたみたいですよ。ああ、あった。この書類のふと枠部分に記入をお願いします」
「日付はどうしますか?」
「こっちで記入します」

コニーはその隙に奥の部屋の窓を叩いた。音に気がついたサシャが窓を振り返り、カーテンを開けた。コニーが手を振るとパッと顔を明るくする。後手に手錠がかかっているものの口で器用に鍵を解除すると、コニーが窓を開け、サシャを外へと出した。再び窓を静かに閉め、太いペンチで鎖を断ち切る。

「走れ、逃げるぞ」

サシャに自分のかぶっていた野球帽子を被せ、コニーは走り出した。サシャも人混みを綺麗に避けながら走る。コニーは道を見渡し、フロントガラスに馬のステッカーが貼ってある黒い日本車を見つけるとそれに駆け寄った。後部座席のドアを開け、サシャの腕を引く。

「ジャン、空港まで頼む」
「空港?」
「実はこんなものが手に入ってな」

コニーがサシャに見せたのは二枚のハワイ旅行券だった。コニーが手に持った封筒の中には大量のドル札がある。サシャは目をまたたかせた。

「必要なものは全部向こうで買うぞ。パスポートも用意してある」
「…そうですね!」

ジャンは何も言わなかった。カーラジオを弄り、昼のニュースに耳を傾ける。相変わらず昨日発生したマリア銀行の爆破事件のことばかりだ。サシャとコニーはラジオに耳を貸すことなく馬鹿なことを言い合って笑っている。

その日の夜のうちに二人は日本を発った。

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