リビングで冷めた紅茶を飲んだユミルは名前の財布を勝手に漁る。怒るクリスタを小突いて押しのけ、治療代だと言って一万円札を五枚抜き取った。五枚のお札をコートのポケットに突っ込み、代わりにUSBを財布の上に置いた。
「これは?」
「名前の持ち物だ。此処に来る直前に預かったものだから返す」
「……」
「悪いなリヴァイさん、私達はこの後仕事があるんだ。まあ、何かあったら救急車なり知り合いの医者を呼ぶなりしてくれ」
「お前の連絡先は教えてもらえないのか」
「教える気は無いね」
クリスタはユミルの切れた唇を痛々しげな眼差しで見つめた。二人は連れ添って玄関から出て行く。リヴァイは二人が去った玄関の施錠を厳重にし、名前の眠る寝室に向かった。今は名前の寝息だけが聞こえる。リヴァイは彼女の寝息を聞きながら握ったままのUSBを手の中で回した。パソコンを取ってこようと腰をあげたリヴァイのポケットの中でスマートフォンが震えた。
「もしもし」
「もしもし、ハンジだけど、今どこにいる?」
「自宅だが、何かあったか?」
「私の班でまとめた資料を送るから目を通しておいてよ」
「ああ」
「ファイルの鍵はいつもどおりだから」
ハンジと通話をしながらリヴァイはリビングの椅子の上に置いてあるパソコンを手に取り、寝室に戻った。名前はまだ起きない。一刻も早く病院に戻りたいという気持ちもあるが、名前から離れることもできなかった。名前から聞き出さなくてはならないことがたくさんある。起きぬ名前にじれったさを感じながらもリヴァイはどうしようもなかった。今リヴァイが病院に行ったとしてもできることは集中治療室の前で待つことだけだ。ならば名前の側に付き添って情報を収集したほうが良い。椅子に座り、パソコンを膝の上に置いたリヴァイは一先ずハンジから送られてきた資料を開いた。
「マイトトキシン…?」
「海洋性植物プランクトンの一種が海藻の表面に生産する毒素だよ。1mgで十万人の人間を殺せる猛毒さ。これが食物連鎖によって生物濃縮されると神経性の貝毒になるんだ」
「つまり、毒殺したあとに拳銃で自殺に偽装したってことか」
「ああ、その可能性が高いね。ていうかね、他の二人の写真も見せてもらったんだけど、確実に死ねる位置に拳銃を当てているんだ。三人ともね。公安で拳銃自殺の指導をしているなら話は別だけど。それに彼の胃のなかからウォッカがでてきたんだ。調べによると彼はアルコールアレルギーで普段から飲酒を拒否していた。そんな彼が、よりにもよってウォッカなんて飲むと思う?」
「思わないな」
「拳銃による脳幹損傷による死亡。死因が明らかなため解剖の必要なしなんて言われていたけど、やっぱり探ればでてくるもんだねえ」
ハンジは深い溜息をついた。この結果はもうエルヴィンに報告してある。ハンジの考えが正しければ、他の二体からもマイトトキシンが検出されるはずだ。リヴァイはやはり他殺か、と唇を噛んだ。
「お前、爆発現場の調査には関わるのか?」
「一応私の班は調査するつもりだよ。まあ、身元不明者のDNA検査とかが主になると思うけど」
「そうか……」
「じゃあ、また何かわかったら連絡する」
「頼む」
ハンジとの通話を切り、リヴァイはユミルから預かったUSBをパソコンに刺した。読み込み中の文字が浮かび、パスワードを入力するように指示される。どうにかして解けないものか。サイバー班に送るのが一番の正解なのだろうが、リヴァイはやはり迷った。迷った末にリヴァイは名前を起こすことにした。
「おい、起きろ」
「……」
「水ぶっかけるぞ」
リヴァイの言葉に名前は仕方なく目を開けた。いつから起きていたのだろう。名前は手を伸ばし、リヴァイのパソコンに差しこんであったUSBを引き抜いた。それを握り、ゆっくりと上体を起こす。傷が痛むのか、枕元に置いてあった痛み止めとペットボトルを引き寄せ、口に含んだ。顔をしかめて腹を抑え、辺りを見回す。部屋を一通り眺めた後、リヴァイの顔を呆然と見た。
「記憶が曖昧なんですけれど」
「俺に電話をかけてきた記憶は?」
「あります。けれど、合流した記憶はありません」
「マンションの近くでお前とお前の知り合いの医者を拾って俺の家に連れてきた。で、お前の治療をしてあの女は助手と帰った」
「あー……なるほど…。ユミルが治療費取らずに帰るなんて珍しい」
「お前の財布から五万取られていたぞ」
「だと思いました」
こんな雑談をするために起こしたのではない。リヴァイは名前に手を伸ばした。USBを握る左手首を掴む。名前の視線がリヴァイを射抜いた。