20

 
名前は爆発現場から離れ、こじんまりとしたイタリアンレストランで夕食をとっていた。食欲はない。だが、食べなければならない。ネットニュースで事件についての情報を一通り漁り、情報を整理する。防犯カメラの映像から、銀行にロケット砲を打ち込んだ実行犯は三人だと確定された。顔は判別できない。ただ、一人は小柄のため女性の可能性が高い。

「知人から預かった宝石を預けたいと思いまして。今預けているお父上の物とは別に」

あの時、名前は銀行員の前で紅茶を啜った。含みを持たせた言い方に男は察したようだ。

「それにあたってヒストリア様の金庫を新しく用意していただければ」
「ご用意いたしましょう。証明書はいかがいたしますか?」
「必要ありません」
「本店長を呼んで参ります」

名前が持ちかけたのは脱税の片棒だ。本店長と共に金庫に降り、レイス卿の金庫を確認次第中の宝石を強奪する。それが名前の計画だった。一人になった部屋で名前は冷めたミルクティーを口に運び、カーテンの揺れる窓の外を眺めていたのだ。部屋に飾られた大きな鐘掛け時計が三時を告げ、名前の視線は時計に向いた。その時だ、地響きのような音とともに地面が揺れたのは。

最初は地震かと思った。だが、その後に聞こえた爆発音と不規則な揺れに地震ではないと判断を下した。窓に駆け寄った名前が見たのは、自分に向けられる小型の砲口だった。車の上に膝をつき、真っ直ぐに名前を狙う。名前は咄嗟に机を蹴り上げ盾にするようその隙間に潜り込んだ。頭を庇うように身を屈めるも鼓膜が破かれたのではないかと思うほどの爆音が頭を貫き、爆風によって身体は壁へと飛ばされる。名前が幸運だったのは壁へとぶつかった名前の体を覆うようにソファーが飛んできたことだ。ソファーが瓦礫の破片から名前を守る。完全な沈黙が落ちた後、名前は固く閉じていた目をゆっくりとあけた。

「……なによこれ」

絡まりきったウィッグを脱ぎ、脱げてしまった片方の靴を探す。靴は部屋の外に転がっていた。扉が外れている。遠くからサイレンの音が聞こえた。名前は階段を降り、一階へ足を踏み入れた。腹の底から沸き上がる吐き気に名前はえづく。何も考えられない頭は素直に出入口を目指した。選挙カーの宣伝音が聞こえた。

名前を過去の記憶から引き戻すように、ユミルは椅子を引き寄せて座った。

「ちょっといいよな」
「ユミル…」
「派手にやらかしているそうじゃないか。クリスタと温泉旅行に行っていたんだけどな、驚いて帰って来ちまったよ」
「そう、クリスタは元気?」
「さっきまではな」

ユミルは頬杖をついて小皿のオリーブを指で摘んだ。

「お前、ヒストリアを巻き込むなよ」
「なんのことかしら」
「……ヒストリアの父親のことはどうでもいい。でも、あいつを巻き込んだらあたしはお前を許さないからな」

ユミルはフォークの先を名前に向けた。テーブルの上のキャンドルの灯りを反射してフォークは鈍く光る。ユミルは忠告をしにきたらしい。名前はそのフォークを下げさせた。ユミルの情報網は時に名前を凌ぐ。きっと銀行から嗅ぎつけてきたのだろう。

「直接ヒストリアを巻き込むつもりはないんだけど……場所を変えましょうか」
「ああ」

ユミルが伝票を摘んでレジへ持っていった。名前はグラスのなかの炭酸水を一気に仰ぐ。ユミルを説得できれば名前の博打の勝率は一気に跳ね上がる。夕食代を払ったユミルは名前と歩きながら話すことになった。繁華街ではなく住宅街を歩く。ユミルはコートのなかのカイロを握った。

「お前の抱えている案件は何だ?」
「政治家の汚職について探っているのよ」
「お前そっちの方は得意じゃないだろう?あの刑事絡みか?」
「いや?違う情報を追ってたら虎の尻尾を踏んじゃってね」
「ついてないな。命狙われてるなら、それこそお前の得意様に助けを求めればいいのに。それとも、ついに諦めたのか。いいことだと思うぜ」
「うるさい。ユミル、あなた私と恋話しに来たの?」
「そうだな。ヒストリアの話をしにきたんだ」

ユミルは肩を竦めてみせた。名前は白くなりかけた息を吐き出した。ドン底の気分からは脱したものの、また心は沈む。

「私が今戦っているのはレイス氏よ。彼の汚職についての情報を握ってから、身辺が賑やかになって、今日も大きな花火が打ち上がったでしょう?」
「………」
「レイス氏は今回の選挙に政治家生命の全てをかけているといっても過言ではないわ。今、邪魔されるわけにはいかないの」
「だとしても、マリア銀行爆破なんて派手な真似をするか?それこそ火の粉が飛ぶ確率が高くなるだろ」
「……多分、どこかと手を結んでいるんだと思う」

名前はジャンとの会話を思い出した。サブマシンガンまで買い込んだという組織。そして国内であれだけ派手なパフォーマンスをしてみたということから考えても犯人グループは国外の組織だろう。

「お前は銀行に何をしに行ったんだ?」
「レイス氏の宝石を盗みに」

名前の言葉にユミルは呆れを存分に含んだため息を吐き出した。相手との格が違いすぎる。よくも本丸のレイス氏を引きずり出せたものだと言うユミルは自分たちの背後に意識を集中させた。とんだとばっちりをくらいそうだ。

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