名前は全身の熱さで目を覚ました。目覚めると同時に口の中の不快感に唾を吐き出した。その動作で酷く喉が痛んだ。異物感が消えない。
「おい、床に唾吐くなよ」
「あ……?あぁ、ジャンか……?うん?なんで」
「なんでとはこっちが聞きたいくらいですけど。俺が昼飯から戻ってきたらあんたが店の中で伸びていたんですから。優しい優しい俺は二階の布団に転がしてやったってところです」
「水を頂戴」
「………どうぞ」
ジャンはペットボトルのミネラルウォーターを投げた。上体を起こした名前はキャップを開けると喉を鳴らして水分を体内に収めていく。その様子をジャンは椅子をひっ張り出し、そこに座りながら眺めた。
「テレビ、つけますよ」
名前の返事を待たずにジャンはテレビのスイッチをつけた。どのチャンネルでもいい。どうせやっているのは同じニュースだ。500ミリリットルを飲み干した名前はペットボトルのラベルを剥がしながらテレビ画面に目を向けた。
「午後三時頃に起きましたマリア銀行爆破事件ですが、警察の公式発表によりますと」
「死者は現時点で三十人を超えているものと思われ」
「犯人グループと思われる映像ですが」
「地下の金庫室にも爆薬が仕掛けられていた件から」
名前は布団の上で胡座をかいた。いつの間にか洋服ではなくバスローブに着替えさせられてる。どうせジャンが着せ替えたのだろう。前を掻き合わせ、頬杖を突いて名前は防犯カメラの映像を凝視した。
「あんた関係なのか?」
「被害者よ、私は」
「何も疑っちゃいないさ。まあ、見てくれから分かりますよ。今更ですけど、気分悪いとかないんですか」
「ない」
ジャンは顔を歪めた。関わりたくない。何を思って名前はこの店に来たのだろう。ジャンの心中のその問いに名前は答えて見せた。
「こいつらの持っていたロケット砲、あんたの所の?」
「……そういう詮索はルール違反じゃないですかね」
「銀行爆破するほうがルール違反でしょ。もうこれはルールとかの問題じゃないわ」
「そうですね。あんたと誰がなにをしているかの問題だけじゃないでしょうね。だって、関係無い犠牲者がでているんですから」
「……」
「俺は、善意の犠牲者になりたくない」
ジャンの言葉に名前はゆっくりと顔を向ける。その表情はまるで能面だ。感情を削ぎ落したような顔がジャンに向いた。ゾッとする。彼女は平気な顔でジャンに犠牲を強いるだろう。関わりたくない。そう、彼女は今や死神だ。ジャンは知っている。この銀行爆破事件は、いわば、名前のための舞台だということを。ここで同情などしたら引き込まれる。名前ならば、引き込む。
「もう、来ないでくれ」
線路に落ちた人間を、電車が迫っているなか助けに行くような人間にはなれない。それがジャンの答えだった。名前は固まった表情のまま視線だけをジャンの後ろに動かした。
「…マルコ」
「着替え、置いておきますよ。ジャン、仕事だ」
マルコは名前の側に彼女の着替えを置いた。先ほどジャンから連絡があり買ってきたものだ。名前がそれを受け取ると二人は無言で部屋を出て行った。
■ ■ ■
あれだけの大事件だ。警察も、もちろんリヴァイ達も正式に動いているだろう。雨の降りだした街を名前はコンビニで買った三百円のビニール傘を差しながら歩いていた。その足はマリア銀行へと向かっていた。リスクは承知だ。事件からまだ六時間しか経っていない。野次馬は減ったものの、警官の数は増えていた。名前は遠くから人影を凝視する。
「……」
名前の目はすぐに彼をみつけた。小柄な彼は頭に包帯を巻いていた。傘もささずに塀に凭れかかり、虚空を睨んでいるように見える。ごめんなさい、と小さく呟く。まるでその声を拾ったかのようにリヴァイは名前のいる方向を向いた。だが、リヴァイは傘を差している女が名前であることに気が付かなかった。