ウォール街交番の奥の部屋、普段はファーランとイザベルが宿泊をしている部屋にサシャは連れて行かれた。パイプ椅子に座らされたサシャは後ろ手に手錠をされる。睨むだけで怯えを見せないサシャにリヴァイは口角を上げた。
「名前について知っていることを吐いてもらおうか」
「……」
「まあいい」
答えないサシャにリヴァイはため息をついた。長丁場にはしたくない。イザベルはサシャの持っていた鞄の中身とコートに入っていた物を机の上に出した。財布に鍵にスマートフォンが二台。ポケットティッシュにタオル。特に怪しい物は内容に思える。リヴァイは迷わずスマートフォンに手を伸ばした。電源ボタンを押すと、画面が明るくなる。指紋認証でしか開かないよう設定されているようだ。
「いたっ…何するんですか!」
リヴァイは無言でサシャの後ろに立ち、手錠で椅子を繋がれている彼女の手首を握り、無理矢理解錠させた。白い方のスマートフォンはサシャの指紋で開いたが、黒いスマートフォンは反応しない。ひとまず白いスマートフォンの設定をいじり、ロック解除をした。サシャはリヴァイの思うがままに弄られる自らのデバイスを睨みつける。見られて困るものは履歴だ。だが、メールも電話も一時間ごとに履歴はすべて消されるようになっている。直前に電話したコニーとの履歴ももう消えているだろう。
「ファーラン。あとで通信会社に問い合わせて履歴も全て出しておけ」
「ああ、承知した」
リヴァイはファーランに白いスマートフォンを投げる。ゆるくカーブを描いて落下するそれをファーランは綺麗に受け取った。電話帳をコピーし、画像フォルダやアプリまでチェックされる。プライバシーの蹂躙に目をつぶるしか無いのか。サシャの目に凶暴な光が宿り、しかしそれはリヴァイが気がつく前に消えた。
「このスマートフォンはお前の指紋では開かないようだな。誰のだ?」
「……」
「あまり手荒いことはしたくない。一応言っておくが、俺は名前の敵じゃねえ。むしろ協力関係にある。あいつが危ないことに足を突っ込もうとしているならば、止めてやるのが俺の義務だと思っている」
リヴァイの言葉にサシャは笑いたくなってしまった。名前の情報で甘い蜜をすすってきた男が何を言っているのだろう。それに、名前はもう堕ちている。止める、だなんて何て今更だろう。サシャはリヴァイより名前という女を知っているつもりだ。小馬鹿にするような雰囲気を感じたのか、リヴァイは剣呑な視線をサシャに投げた。
「名前はどこだ。今、何をしようとしている?……何に巻き込まれている?」
「……」
「お前、あいつの仲間だろう?このままじゃあの名前の命も危ないってわかっているのか?」
リヴァイは静かな恫喝のなかにどこか懇願の色を加えてサシャに尋ねる。名前への有力な手がかりはサシャしかないのだ。リヴァイはペトラとオルオから聞いた情報にどこから焦りを掻き立てられている。ファーランもイザベルも事情こそわからないものの、リヴァイの雰囲気からなんとなしにそれを感じていた。
「………」
「……ファーラン。針を持ってこい。こいつの爪を剥がしてやる」
リヴァイの言葉にファーランは慌てて彼を諌めた。データを転送していた手を止め、リヴァイの肩を叩く。交番を血に染められてはかなわない。
「リヴァイ、俺がこいつから聞き出して見せる。お前は少し落ち着け。そうだな、コーヒーでも買ってきてくれ」
ファーランは交番に備え付けてある電話で出前を注文しだした。新聞ラックに確か丼屋物のチラシが入っていた。交番で新聞をとっていないので、このラックに入っているのはファーランが自宅から持ってきたものだ。チラシは抜いたと思っていたが、一枚だけ混ざっていたようだ。ファーランは親子丼を二つ注文する。
「イザベル。外で出前がくるのを待っててくれ。十分もすれば来るらしい」
「おう」
イザベルは素直に部屋の外に出た。ファーランはサシャと机をはさんで腰掛ける。人の良さそうな笑みを浮かべて、話し始めた。
「リヴァイのように立派な情報屋を雇っているわけじゃないけれど、俺も君のことを調べさせてもらってね。まあ、信用できるかはいまいちなんだけど」
「……」
「これから実験させてもらうことにするさ」
サシャの口を割らせるには暴力よりも食欲を使えばいい。ファーランが雇った情報屋は坊主頭の少年のような出で立ちの男だった。彼女の行動範囲と仕事、それに少々のアドバイスは十万円で取引された。イザベルの持ってきた岡持ちから出汁のいい匂いが漂う。一つはイザベルが食べ始めた。サシャがつばを飲み込む音が響く。嗅覚をより刺激させるためにネクタイで目隠しをすると、さらにサシャの落ち着きが無くなった。その光景にファーランの口角が上がった。