名前と共に行動をしていたことで張り詰めていた神経も、彼女と離れたことで緩んでいた。サシャはぶらぶらと家電用品を見て回る。自宅のミキサーの調子が悪いので、新しいものを買ってもいいかもしれない。そう思って小型家電のコーナーをぐるぐると周る。話しかけてこようとする店員をそれとなく避け、サシャはミキサーコーナーに置いてあるスムージーのレシピに釘付けになっていた。その背中をイザベルはじっと見つめる。速やかに連行できるよう、ファーランは交番に一度戻っている。せっかくのオフ日なのにとイザベルは盛大なため息をついた。リヴァイにメールを打つと、彼はすぐ此方に来るという。それまでは待機だ。
「何かお探しですか?」
「え?えっと、その、あれだ、ジュースを作るミキサーが欲しいんだ」
スマートフォンに集中していたせいで、隙ができたイザベルに店員が話しかけてきた。イザベルは慌ててサシャのいるミキサーコーナーを指さした。店員は嬉々として案内し、説明を始める。イザベルは想定外の展開にくるくると目を動かす。店員の声はやたらに大きい。その声にサシャはゆっくりと振り返る。家電量販店の制服を着、イザベルに接客する名前と目があった。
「おすすめはこのミキサーですかね。小型ですが、十分な威力もありまして…音も気になりませんよ」
「お、おう」
イザベルは名前の言葉に曖昧に頷く。ミキサーを手に取り、いかにも興味を持っているよう振る舞うが、その意識はサシャに集中していた。サシャは自然な仕草でスムージーのレシピ集を棚のマルチポケットに戻した。そしてミキサー売り場から離れていく。どうする。リヴァイもファーランもまだ来ない。イザベルの任務はあくまで監視だ。一人では動くなと言われているが、このままでは見失ってしまう。
「お客様?」
名前はイザベルに問いかける。サシャはエスカレーターに向かっているようだ。もうすぐ視界から消えてしまう。イザベルは決断した。
「すみません!」
名前を押しのけるようイザベルは走りだす。サシャはあの角を曲がったはずだ。混雑する人混みをかき分け、サシャの姿を探す。イザベルの目がエスカレーターを駆け下りるサシャを捉えた。もしかしたら勘づかれたのかもしれない。ヘマをしたと唇を噛み締め、走りながらイザベルはファーランに電話をかけた。
「すまない兄貴!気づかれたのかもしれない!」
「状況は?」
「急に走り出しやがった。今距離を開けて追いかけている」
「電話は繋ぎっぱなしにしろ。こっちでリヴァイに連絡を取る」
「いつ着く?」
「すぐ行く」
サシャはそのままエスカレーターを降り続ける。このまま店を出るつもりかもしれない。そうなると厄介だ。今のところサシャ一人で行動しているようだが、外に出られて仲間と合流された暁には負担が増える。一階に着いたとき、サシャは息を整えるように一旦足を止めた。人並みに逆らうこと無く、溶けこむように出口を目指す。
「ダメだファーラン!出ちまう!」
「もう着く!粘れ!出口で抑えるぞ!」
「おう」
小声で怒鳴るという器用なことをしてみせたイザベルはサシャから目を離さない。その様子を名前はカウンター越しに見ていた。名前はイザベルを見たことはなかったが、イザベルと共にいたファーランに見覚えがあった。交番の前にたまに立っている警察官だと。
「あー此れは危ないかもね」
一階に展示されているカメラを覗き込み、ズームをして入り口を見る。そこにファーランと路上でバイクに跨るリヴァイの姿を見つけて名前は舌を巻いた。サシャの逃げ足の速さは評価しているが、これは分が悪い。名前はリヴァイに見つからないようにとそそくさと非常口へ逃げた。
「確保!」
サシャの姿とイザベルの姿を見つけたファーランはそう指示を飛ばす。前から駆け寄るファーランと後ろから走って追うイザベルにサシャは全速力で走りだした。人混みはサシャに有利に働く。駅前を駆け抜け、高架下をくぐる。変わった直後の信号を無視して道路を渡ろうとするサシャの前に猛烈な勢いでバイクが停まった。足止めを食らったサシャは信号を渡ることを諦め、方向転換する。横道に入ろうとするサシャの背中に、バイクに跨った男が投げたヘルメットが勢い良く命中した。サシャの背中にあたったヘルメットは跳ね返り、道路を二転三転とする。
「さすがだぜ兄貴!」
前のめりになったサシャに追いついたイザベルが飛びつくように押し倒し、両手を後ろで拘束した。ファーランは素早くその手首に手錠をかけた。リヴァイはバイクから降り、放り投げたフルフェイスのヘルメットを拾った。傷だらけになってしまった。ヘルメットを小脇に抱え、リヴァイは地面に拘束されたままのサシャのもとへ行く。
「さて、お前には聞きたいことが山ほどあるんだ。話してもらおうか」
サシャの前髪を掴みあげ、無理に上を向かせて視線を合わせる。全力疾走ののち、呼吸も整っていないサシャにとってそれは苦痛でしか無い。呻くサシャを無表情に見下ろし、リヴァイは連れて行くよう指示した。