リヴァイの気に入っていたスーツは粉塵にまみれて見るに耐えない姿へと変わっていた。スーツだけでなく身体も粉塵だらけになったリヴァイはフラフラとした足取りで現場を離れた。あの轟音だ。通報されていてもおかしくない。駆けつけた警官に事情聴取されることだけは避けたかった。
「あの女、後で一発殴ってやる」
口の中まで砂が入り込んだ様で、リヴァイは不快感に顔をおもいっきり顰めてみせた。口の中に鉄の味が広がっている。恐らく口内を噛んでしまったのだろう。舌で口の中を探ると右の奥歯の辺りが切れていた。とても不愉快だ。リヴァイの心中の八割は苛立ちを占めていたが、残りの二割は標的に近づいたという手応えを感じていた。ポケットの中のスマートフォンは幸いなことに壊れていない。この中にはサシャの写真が入っている。サシャと名前がつながっていることは先ほど分かった。
一旦家に戻り、新しいスーツへと着替えたリヴァイは、ウォール駅の交番へと足を運んだ。交番の前に自転車が置いてあるということは、彼らはまだパトロールには出かけていないということだ。常に開いている交番内へと入ると、中では年若い青年が落し物をしたらしく、紛失届にペンを走らせていた。
「落とされたスマートフォン、届けられたら連絡いたしますね。えっと、マルコ・ボットさん?連絡先は、これ携帯ですよね。二台持ちされているんですか?」
「いや、友人のものです。固定電話はひとり暮らしなもので無くて……」
「あっ、そうなんですか。最近は空き巣も多いですから気をつけてくださいね」
「はい。じゃあよろしくお願いします」
青年は椅子から立ち上がり、交番を出て行く。調書から顔を上げたファーランは疲れた顔をしたリヴァイに驚いて見せた。リヴァイは机の前のパイプ椅子に音を立てて座った。チーンとファミレスの会計の時によく聞く音が鳴る。ファーランが卓上ベルを鳴らしたのだ。そのベルに呼応するようにイザベルが奥の部屋から顔を出した。
「どうしたファーラン……お!兄貴!!なんだか疲れた顔をしているな?」
「あぁ。さっきえらい目にあってな。街中でスタングレネードを投げられるとは思ってなかった」
「ん?ってことは少し前の爆発音は兄貴が原因か?」
「まあ、間接的にそうなるな。言っておくが俺は被害者側だぞ」
「暴力団の抗争にでも巻き込まれたのか?」
ファーランが椅子をもう一脚並べてやると、イザベルはそこに腰を下ろす。先ほど爆発音が聞こえたということで現場周辺の交番に通報があったらしい。リヴァイはスマートフォンをポケットから取り出し、ファーランとイザベルの前に置いた。映し出された画像にふたりは首を傾げる。
「この女を探して欲しい」
「さっきの事件の関係者か?」
「そうだ。この件は内密に頼む。こいつはこの町に出てくる家出人と接触することが多い」
「重点的にさがしておくよ」
ファーランはリヴァイのスマートフォンを操作し、サシャの写真を自分とイザベルのスマートフォンへと送った。
「呉々も気をつけろよ」
「おう!」
街中でスタングレネードを放り投げる女と連んでいるのだ。ナイフあたりは所持していてもおかしくないだろう。そう、リヴァイが初めて名前とエンカウントした時、写真の女は名前と共にいた。
「確か、その女の名前はサシャだ。サシャと呼ばれていた」
数年前のウォール街で無国籍の人間の抗争が起きていた時期があった。リヴァイとエルヴィンはその事件を担当していた。抗争に巻き込まれた警察官が一人殉職し、事件は警察の威信をかけたものとして取り扱われていた。ウォール駅を歩きまわりひたすら情報を嗅ぎ回り、時には暴力で場を制圧していくリヴァイは有名になり、脛に傷を持つもので知らぬものはいないとまで言われていた。
「ウォール街の家出少女の統括をしている女がいるんだけど、そいつならあんたの知りたい情報を持っているんじゃないか?」
リヴァイにそう助言したのはパチンコ屋の店員だ。街の噂話なら名前に聞くのが一番だと皆口をそろえて言う。だが、彼女に関する情報は少なく、行き詰まったリヴァイが最後に掴んだ綱がサシャ・ブラウスだった。サシャならよくゲームセンターか焼肉屋にいる、という真偽を疑うような情報を頼りにリヴァイは探しまわり、やっとのことで見つけたサシャの隣にいたのが名前だった。
「はじめましてリヴァイさん。私を探していたみたいですね」
名前はリヴァイの顔を見るとそう言った。リヴァイは頷き、名前はサシャに一万円を握らせると帰らせた。元々注文していたのだろう肉を名前は焼く。リヴァイはサシャが頼んでいたカルーアミルクを飲み、その甘さに顔を顰めた。
「警視庁の方が私なんかにどういったご用件なんでしょうね」
「俺の噂は知っているんだろう?」
「ええ。私を探しているって聞いて、こちらからも調べましたから」
「お前の知っている情報が欲しい。いくらだ」
リヴァイの言葉に名前は口角を上げた。このストレートさは嫌いではない。下心を感じさせない態度は斬新だった。名前は火加減を調節し、リヴァイを品定めするように視線を這わせた。
「あなたはどうして警察官に?」
タレの炙られる野性的な匂いが名前の空腹を刺激する。リヴァイも食事に付き合う気になったのか、テーブルの上に置かれていたテーブルナプキンを胸元に掛けた。
「俺は――」
あの時なんと答えたのか、今は記憶が定かでなはい。リヴァイはサシャの写真を睨みつけた。今、名前に同じ質問をされたとして、自分はどう答えるのだろうか。リヴァイの曇る表情にイザベルはどうしたものかと首をかしげてみせた。