ライナー達がとった尋問法は至って簡単なものだった。睡眠薬を盛り、眠りに落ちそうになる名前を無理矢理起こし続ける。断眠法と呼ばれるそれを、身をもって体感することになった名前は頭痛と吐き気と戦うことになった。
拘束されているせいなのか寝かせてもらえないせいなのかわからないが、肩や首の痛みが酷い。顔色が真っ青になった名前をベルトルトは不安げに眺めるだけで、止めようとはしなかった。
「目が虚ろだけど大丈夫かな」
「死にはしないが、発狂はするかもな」
ライナーの声も反響して聞こえる。その耳障りさに名前の顔は小さく歪んだ。目を閉じれば身体が引っ張られる感覚がする。眠い。どうにかして眠気を追い払おうとするが、抗えなかった。三大欲求のなかでも睡眠欲は特に強いようだ。
「起きてくれ名前さん。俺達の心臓はどこにある?」
首を支えることも難しくなったのか項垂れる名前は言葉を発しない。時間感覚はとうに狂っている。今は一体何時なのだろう。睡魔と戦いつつ名前は手首を結んでいる縄に爪を立てた。それなりの太さがあるようだが、触感から考えるに素材は木綿のようだ。腐食しやすいし、耐久性も低いはず。名前は止まらぬ吐き気と戦いながら縄に立てていた爪を自分の指に立てた。肉の裂ける感覚が伝わる。痛みで一瞬だけ頭が覚醒した気がした。傷口を縄に押し当てる。今頃ロープは赤黒く染まりつつあるだろう。
「名前、頼む。お前をもう苦しめたくないんだ」
「俺達の衝動の原因はお前だぞ、名前。お前が悪いんだ」
ライナーが責めるように名前に話しかける。名前はその声を頭のなかで反芻させた。彼らのなにを駆り立てたのかは分からない。目を閉じようとする名前をベルトルトが揺すり、その苦痛に名前は短く喘いだ。自分の血の匂いがやけに鼻につく。薄暗い部屋に光が差した。ライナーとベルトルトが振り返る。そこにいたのはロウソクを持ったクリスタとユミルだった。
「ライナー?その人は……?」
「…クリスタ、別の部屋で話そう。おい、ベルトルト、頼んだぞ」
「うん……」
ベルトルトは気が進まなさそうにだが、確かに頷いた。ライナーはクリスタの目が闇に慣れるまえに部屋から連れ出す。ここは地下牢だ。クリスタが来るような場所ではない。地下から地上に上がり、階段横の椅子に腰掛けた。
「私、やっぱりここに残ろうかと思う」
「!?何を言っているんだクリスタ。もうすぐ自由になれるんだぞ?あんな塔に閉じ込められることもなくなる。人間として……俺達の思うように生きられるんだ」
「でも、私がまだ生きているって知られたら、外ではまた戦争になるかもしれないじゃない!ライナーも私を掲げて教会に立ち向かうつもりなんでしょう!?」
「それは……。確かにそうだ。だが、俺達の神を侮辱されたままでいいのか?!」
「信仰は半世紀前に滅びたのよ。エルヴィンさんだって言っていたじゃない。外で死ぬか、クロルバで死ぬか選べって。私達はここで死ぬことを選んだでしょう?死にたくないから、ってここで生きることにしたんでしょう!?」
「……名前は俺達と同じ境遇にありながら、自らの生を全うしている…あれが、本来俺達のあるべき姿だったんだ。自分の目で見たものだけを信じて、自分の思ったことをやる。クリスタが出たくないというなら出なくていい。俺は一人でも、ここから出て世界を変えてみせる」
「ほぉ。それはさぞご立派なことだな」
薄暗い廊下に響いた冷たく低い声にクリスタの肩が震えた。ユミルがクリスタの手を引き、自分の背にかばう。ライナーは表情を凍らせた。角から曲がって歩いてきたのは三人。リヴァイ、エレン、ミカサだ。ミカサとエレンはリヴァイが手を振ると戻っていった。
「名前はどこだ?」
「さあ、知りませんよ」
「質問を間違えた。名前に何をした?」
リヴァイは鼻をひくつかせた。階段の下からむせ返るような血の匂いがする。甘い甘い匂いだ。そう呟くがライナーとクリスタには何も感じられない。クリスタはユミルの服をぎゅっと握って恐怖に耐えていた。ライナーは迷う。このままリヴァイを下に行かせてはいけない。階段に立ちふさがるように立ったライナーにリヴァイは眉を寄せた。
「お前らが何を企もうと興味はない。だが、そこにあいつを巻き込むな」
「…なら、リヴァイさんが協力してくれるんですか?」
「断る。俺がお前たちの為に動く義理はない」
リヴァイがライナーを押しのけようとしたが、ライナーはその巨大な体躯を動かそうとしない。リヴァイは地下へと視線を這わせた。名前が話していたことやライナー達の会話からおおよそのことは察した。下で起きていることもおおよそ察したが、首を突っ込んだ名前の自業自得だろう。その尻拭いをしてやるほどリヴァイはお人好しではなかった。
「お前たちがどうしてこの城に留められているのかをもう一度考えてみることをおすすめするぞ」
リヴァイは壁に背を預けた。どうして人間をこの城にとどめているのか。吸血鬼やワーウルフの餌にするでもなく、彼らは五体満足で過ごしている。それは、なぜなのか。ユミルだけが視線を逸らした。