「お前の街は、」
「待って!い、言わないで……」
名前の絞りだすような声にリヴァイは口を閉じた。これ以上、もう言う必要もないだろう。リヴァイが言っていることを理解した名前は呆然としていた。
「教会の支配下になった町とはいえ、あいつらが異種交配の実験なんかするわけがない。元々交配種は寿命が短いから、放っておけば死に絶えると思ったのだろう。事実、多くの者は死んだ。その代わり人里離れた街には禁忌を犯したものが強制的に移住させられるようになった」
「……」
「多くは異形の子を孕んだ者だ。前の教皇はそいつらをその街に隔離するだけで何もしなかったようだな。事実、お前の街には人間もいたし、異形もいた。異形の多くは人と同じ身なりをしているからわからなくても仕方ない」
リヴァイの言葉は名前の頭に染みこんでいった。腰が抜けたように膝から崩れ落ちた名前をソファーに運ぶ。
呆然としている様に見えて、名前の頭のなかは恐ろしいほど回転していた。考えれば考えるほど新しい疑問は尽きない。
「だから街に名前がなかったんですね……存在すら知られていなかった理由がわかりました」
「流刑地だからな」
「リヴァイさんもあの街の出身なんですか?」
「ああ。とは言っても俺はあの街を出た身だ」
名前は核心に触れない。こちらが一方的に話してもいいが。それでは名前の精神が心配だ。
リヴァイは窓から城を見る。渡り廊下にエルヴィンの姿が見えた。隣にハンジもいる。エルヴィンはリヴァイの視線に気がついたのか、ひらひらと手を振ってみせた。隣のハンジも大きく手を振る。あまり時間がないようだ。
「最後にお前に伝えたいことがある」
「……なんですか」
「お前も俺と同じダンピールだ」
俯いていた名前の顔が上がった。今度こそ脳みそがパンクしてしまいそうだ。リヴァイから街の話を聞いた時点で、自分が人間ではない可能性が高く存在していた。
母か父、どちらかが異形だったのだろう。その覚悟はできていたものの、自分に吸血鬼の血が入っていることを知らされた時のショックは大きかった。ハンジは言っていたではないか。「君に興味がある」と。
「二十三年前から異形が人間を活発に襲うようになったのは、あの街を滅ぼしたことが奴らにとっての宣戦布告に値するからだ」
「私は……」
「俺達も驚いたさ。街の生き残りが異形狩りで有名になっているとはな…だが、お前の行いによって、あの街の住民が卑下されることも無くなった」
「ああ、信じられない……」
自分の手を見つめる。どこからどう見たって人間だ。今まで人として生きて来た。それが急にダンピールなどと言われて信じられようか。しかし、リヴァイの言うことは筋道立っていた。周到な嘘なのか?そう思っても納得出来ない。頭を抱えて沈黙する名前の前にリヴァイは膝をついた。
「ダンピールも雑種だ。つまり、寿命が長くない」
「……」
「平均寿命は三十年だ。俺もお前もそろそろ寿命だろう」
「………」
「だが、それを回避する方法がある」
微動だにしない名前はリヴァイの話を聞いているのか聞いていないのかはっきりしない。
リヴァイは名前の髪を掴み、無理矢理視線を合わせた。名前は痛みで顔を歪め、髪の毛が抜けないようにと押さえた。呻く名前を気にすること無くリヴァイは言葉を続けた。
「まず一つ。同じダンピールの心臓を喰うことだ」
「……」
「もう一つは、ダンピール同士で寿命を伸ばすために酵素を交換し合うことだ。これは今ハンジが研究中だから不確かなものだけどな」
「……」
「死にたくなければ、俺に尽くせ。俺もお前に尽くそう」
ああ、だからか。と名前は理解した。書庫でリヴァイが言った言葉の意味がわかった。名前は目を瞬く。リヴァイには良いことなのか悪い事なのかわからないが、今の名前には生きる気力というものが欠如していた。
「私の心臓を食べたいならどうぞ」
「お前……」
「いいですよ、食べて。リヴァイさんはまだ生きたいんでしょう?」
「お前の意思はその程度のものだったのか。お前の母親は何の為にお前を逃した?」
軽蔑するように名前を見下ろす。どうしていいか分からなかったのだ。両親の仇が、実は教会だった。自分は人間じゃなかった。どこにも居場所がない。名前は生きていける場所を失ったも同然だった。そう呟くとリヴァイは髪の毛から手を離し、名前の両頬を手で挟んだ。
「お前はこの城で何を見てきた?」
「……」
「この城にいるのは居場所を失った奴らばかりだ」
「名前。俺は数少ない同類を失いたくない」
リヴァイは名前としっかり目を合わせた。ダークグレーの瞳に意思の強さが現れている。リヴァイは名前から手を離した。彼女の目の前で強く拳を握り、開く。リヴァイの手の上には鼓動を打つ心臓があった。名前は自分の胸に手を当てる。どうして今まで気が付かなかったのだろう。名前の左胸は静寂を刻んでいた。
「本当に、いらないのか?」
「……」
「お前の母親はお前に何か望んで生かしたのか?そうじゃないだろう。お前が生きていればそれでいいと思って逃がしたのだろう。それでもなお、お前はこの心臓を要らないと言うのか?」
「…………」
名前の口が小さく動いた。リヴァイは眉を寄せる。聞こえない、と伝えると、名前は大きな声で言い切った。わからない、と。