19

 
名前は東塔を登っていた。ここを登るのは、クロルバに来た初日以来だ。あいも変わらず終わりの見えない階段に名前は毒づく。
時間感覚が薄れていたところで頂上の踊り場が見えた。太いがゆえに高い塔に好んで住まうリヴァイは変わっていると思った。いや、なにも階段をのぼるとは限らないのか。もしかしたら窓から出入りしているのかもしれない。勝手な妄想をふくらませながら名前は息を整えた。

「この時間帯って起きているんですかね」

試しに扉の取っ手をいじってみたが、鍵が掛かっているようで開かない。名前は胸ポケットに閉まっていた鍵を手にとった。書庫の鍵とここの鍵が一致するわけがないと思いつつ鍵穴に鍵を突っ込む。それは僅かな抵抗の後に回ってしまった。

「……がちゃがちゃやっていたが、いきなり開けるとは躾がなってないな。まずは一声、せめてノックでもするべきなんじゃないか」
「ごめんなさい。まさか開くとは思わなくて……」
「入れ」

リヴァイは名前を部屋の中に招いた。リヴァイの部屋は以前と変わっていないようで、名前の視線は壁に飾られた絵画に釘付けになる。微笑む半裸の女性を囲む、薄原色の衣を纏った乙女。周りには草木が生い茂り、バックは山と湖のようだ。空は描かれていないものの湖面の色から晴天だとわかる。中心に座る女性の足元には黒い犬。淡い色合いが多い中で、女性の口紅だけが強烈な色彩を放っていた。

「この絵が気に入ったか?」
「ええ。私、この絵を何処かで見たことがある気がします」
「ほう……」
「どこで見たのかは思い出せないんですけど」

リヴァイはベッドに腰掛ける。名前は十分な時間をかけて絵を堪能した後、放心していたことに気が付きはっと息を飲んだ。そしてリヴァイを振り返る。頬杖をついていたリヴァイはやっとこちらに意識を向けた名前に口角を上げた。

「名前よ、ハンジからあの事件については聞けたのか?」
「いえ…」
「なぜ聞かない?」
「聞きました。でも、いつ聞いても、『あの事件については私も研究中でね。目新しいことは何も教えてあげらないと思うよ』としか言わないんです」
「ほう」
「リヴァイさん、あなたなにか知っているんでしょ?教えてくれません?」
「……」

リヴァイはどうして教えてくれないのだろう。名前は自分なりに調べようとしてみた。とは言ってもなにか知っているようだったのはハンジだけだったのだが。

「そもそもお前の質問はアバウトなんだ。あの事件の何が知りたい?なぜ街が襲われたか?襲った吸血鬼は誰か?どうしてお前だけが生き延びたのか?何がしりたい」
「……私はずっと、あの街は人間の街で、襲ってきたのは吸血鬼だと思っていました。でも、吸血鬼なら森のなかの私も簡単に見つかっていたはず。だって、私はおとなしく木の根元にいなかったから……母を追って街まで戻ってしまったから。街の側まで戻ってきたとき、襲撃者達が私の近くを通った。でも、隠れた私に反応しなかった」
「……」
「吸血鬼なら、気がつくはずなのに」

名前の目は憂いをたたえていた。今まで記憶の底に閉じ込めていたものが此処では簡単に開いてしまう。人の目というものがないからだろう。この城には異形しかいない。リヴァイは彼女に続きを促した。名前はまだリヴァイの質問に答えていない。

「ハンジの研究や城の人間の話を聞いて思ったの。私達の村を襲ったのは、本当に吸血鬼だったのかしらって」
「それがお前の知りたいことか」
「ええ、そうです」

リヴァイは立ち上がり、名前が立っている場所のすぐ側にある本棚に手を伸ばした。中程の高さにある黒い背表紙の本を取り出し、名前に渡す。名前はそれを受け取って中を開いた。随分古い本のようだ。柔らかな紙を折らないように慎重にページを捲る。リヴァイはそっと部屋に鍵をかけた。

「これって……?」
「お前たちが信仰する宗教の歴史本だな。まあ、表に出ているやつとは違うが」

名前は街から出た後、教会で育てられていたから一通り宗教歴には目を通していた。歴史とは、どうやってこの教えが作られたのかを綴ったものではない。主に異教徒との戦いを描いたものだ。だが、それらはあくまで人間対人間の戦いを書いたものだった。

「お前たちの侵略に異形が立ち向かわないと思ったのか?異形は知性がないと思っているのはお前たちの思い込みだ。奴らはきちんと統制が取れる」
「それでも人類は勝利し続けたみたいね」
「ああ。人類が一歩進む度、奴らは一歩後退していきた。敗因は知性の差だ。だが、教会の敵は異形だけじゃない、同じ人類でも敵が居た」

名前はライナーとベルトルトの話を思い出した。リヴァイの話と彼らの話が線で繋がる。

「約一世紀前、一分の人間と異形が秘密裏に手を組んだ。その仲介になったのは吸血鬼だ。吸血鬼の知能数は人間に負けず高い。数が少ないのが難点だけどな」
「手を組んだって、具体的にどういうこと?」
「ライナーやアニから聞いているんだろう?正確には手を組んだとは言わないな…利用したの方が正しいか」
「……」
「奴らは異種交配…人類と異形の交配にも手を付けた。秘密裏に行われていたものだったが、隠し通せるわけもなく、教会によって滅ぼされた。ライナー達はその人間たちの生き残りだ。その街は教会の支配のもと、実験が続けられた。だが、二十三年前、時の教皇が代替わりし、異形を一掃する方針を進めた」
「……今日は本当によく喋りますね」
「聞け」

名前は耳を塞ぎたくなった。始めて対面した時のように、身体全体が逃げたいと訴えている。知りたいのは真実だろう?と頭のなかのハンジが囁いた。

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