16

 
狩りをしなくなったとは言え、名前のずれた生活リズムはなかなか治らなかった。アニももう慣れたようで昼食の準備ができると名前を呼びに来る。小言は降ってこなかった。
その日もアニは名前に食事を運び、彼女に来客だと告げた。名前が頷くとドアを内側からノックする。入ってきたのはライナーと大柄なライナーよりさらに背の高い青年だった。

「ライナー、久しぶりに会った気がしますね」
「ああ、と言ってもあんたが日中ハンジさんと話し込んでいるからだろ。まあいい、紹介する。俺と同郷のベルトルトだ」
「同郷ってことは、一緒に逃げてきたってこと?」

ベルトルトは小さく笑みを浮かべて頷いた。ライナーとベルトルトに席を進めた名前は食後の紅茶を啜りながらライナーに話しの続きを促した。彼は胸を張るようにしゃべるのが癖のようだ。そのせいか隣に座るベルトルトが一層自信なさげに見えてしまう。

「こんにちは」
「こんにちは。ライナーが迷惑をかけているようで、そのすまない」
「おいおいおい」

ベルトルトの言葉にライナーは笑った。ライナーはベルトルトに名前のことを説明していたようだ。それでもベルトルトが不安がったので連れてきたらしい。名前の隣に腰掛けたアニは自分用の紅茶を淹れていた。

「あなた達の心臓はエルヴィンさんが持っているみたいですね」
「やはりエルヴィンさんか……いや、リヴァイさんかエルヴィンさんのかどちらかと思っていたんだ」
「リヴァイ?ってことはリヴァイさんも吸血鬼なの?」
「ん?あの人はダンピールだ。吸血鬼と人間のハーフらしい」

ライナーの言葉に名前は口に運んでいた紅茶を止めた。吸血鬼と人間の間に子ができることなどあるのだろうか。人間と吸血鬼は全く違う生物だ。

「私、ダンピールなんて初耳です」
「めったにあることじゃないだろうな。そもそも人間と吸血鬼の接点は少ない。だが、街で飼っていたロバと馬を交配させて交雑種が生まれたという話を聞いたことがある」
「キメラってこと?……なんておそろしいことを……」
「ああ。まあ自然界では滅多に起きないことだろうな。交雑種は繁殖能力が低くなるうえにデメリットも多くなるだろう。実際その交雑種はすぐに死んじまったよ。それにできたのは偶然っぽいしな」
「……」

名前がリヴァイのことを吸血鬼と推測したとき、半分正解だと言っていたのはこういうことだったのか。そして名前はもうひとつのことにも合点がいった。

「だからハンジさんはこの城に留まっているんですね」
「俺はあの人がなにについて研究しているのかよく知らないから何とも言えないが、吸血鬼の研究をしているハンジさんなら興味を持つだろうな。実際リヴァイさんはたまにハンジさんの被験体にされている」
「被験体って何をしているの?」
「日光に対する耐性だとか、治癒能力とかだったと思うぞ」
「へえ……」

名前もそれは興味がある。ダンピールが人類に対してどういった行動をするのかは知っておいて損はないだろう。後でハンジのところに行こう。名前がそっちに気を取られているのを察したライナーが話を戻した。

「俺とベルトルトはやらなければならないことがあるんだ。だから、どんな手を使ってもここから出たい。もちろん俺達だけでなく、城の人間は外に焦がれているんだ」
「エレンがね、あなた達が心臓を自ら捧げたんじゃないか、って言っていたんだけど、それについて説明してくれませんか?」
「……確かに語弊はあった。ちゃんと話すよ。だが、胸糞の悪くなる用な話だが勘弁してくれ」
名前は頷いた。
「俺が領主を殺した話はしたよな。だが、自分たちのためだけに殺したのではないんだ。俺たちが居たところではさっき話した異種交配が積極的に行われていた。まあ、動物実験だ。それを応用して、生物兵器を作るつもりだったんだ。人間に都合のいい番犬をつくろうっていう魂胆さ。だが、交配相手は動物じゃない、異形だ。異形同士を拘束して交配させてようと計画していたんだ。それを偶然知った。その計画は俺たちの街の地下で行われていたんだ」
「……続けて」
「こんなことが許されるはずがないと思っていた俺達は領主に直談判で抗議したんだ。だが、市長は聞く耳を持たず、口封じで殺されそうになったところで逆に殺しちまった。地下の実験場でもみ合いになって殺しちまったら逃げられたんだが、残念ながら真っ昼間の広間だ。拘束されて即刻処刑されそうになったところを事前に話していたベルトルトに助けられ、一緒に逃げたんだ。国中に虚偽の罪が書かれた手配書が撒かれ、だが、国外に出れば異形に食われるしか無い。仕方なくクロルバの古城に逃げ込んだんだ」
「僕は実験場に火を放ったことで捕らわれていたんだけど、ライナーが市長を殺した騒動のお陰で逃げ出せてね…うん」

話疲れたのか、ライナーはどっと深い息をついた。思い出したくないことを思い出したのだろう。ライナーの額には汗が滲んでいた。ベルトルトも辛気臭い顔をしている。名前は椅子の背もたれに身体を預けた。長い間いろいろなところを旅してきたが、こんな話は始めて聞いた。

「クロルバでも溜まっていた異形に襲われ、今ではエルヴィンさんの下で働いている状況さ」
「リヴァイさんはあなた達の街の実験に関係あるんですか?」
「わからない。可能性はあるかもしれないが、あの人がここに来たのは二十年前だ。それに俺達がダンピールだと知ったのは去年だった。だから、俺達は外で何が起きているのか知りたいんだ。もしもあの実験が繰り返されているなら止めなきゃならない」

ライナーは拳をぎゅっと握った。名前は紅茶を机の上に置く。アニがその様子をちらりと横目でみていた。

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