名前はリヴァイからもらった鍵を使って書庫に入った。見渡す限りの本棚に目眩がしそうだった。天井まで伸びる本棚と所々に点けられたはしご。分類分けはされているのだろうかと名前は頭を抱えたくなった。
まずはどんな本があるか調べなければ、と名前は意気込んで書庫を周る。羊皮紙の巻物のようなものまで出てきて仰天した。戦記録と書かれた巻物をそっと広げる。インクが滲んでいる為ところどころ見にくいが、とても興味深いものだった。どうやらこの城で繰り広げられた戦いらしい。夢中になっていた名前は床に座り込んだまま一冊目を読み終えていた。年代ごとに並べられたそれを手に取る。ランプの明かりだけを頼りに書物を括る名前の目は輝いていた。
「……おい」
「え?ああ、リヴァイさん」
「どうしてそんなところに座っている。汚れるだろ」
「ああ、つい夢中になっちゃって」
リヴァイは目を細めた。名前は今しがた読んでいた本を手に立ち上がり机に向かう。リヴァイは机の上のロウソクに火を付けた。先ほどとは比べ物にならないくらい明るくなる。席についた名前の前に座り、リヴァイも本を読みだした。名前は邪魔をして悪いとは思いつつ話しかけた。
「どうして私をこの城に運んだんですか?エレンは門の外に捨てようとしていたみたいですけれど」
「……俺がお前に用があったからだ。もともとお前は夜に着くだろうとたかをくくっていた俺が悪い。クロルバに来るお前を出迎えるのは俺の役目だった」
「……リヴァイさんも私が此処に来ることを知っていたんですね。どうして?」
「いずれわかる」
「私は今知りたいんですけれど」
「せっかちな奴だな。エルヴィンが帰ってくるのを待て」
名前は巻物を端に寄せて頬杖をついた。ロウソクがリヴァイの顔に陰影を作る。名前の視線を気に留めること無くリヴァイはページを捲っていく。彼女からの視線に耐え切れなくなったリヴァイが顔をあげると視線が合った。それでも名前は逸そうとしない。
「あなた達は何を企んでいるんですか?」
「お前は質問が多いな」
「だって私、あなた達の事を何も知らないんですもの」
「それもそうだな。企んでいると言ったか。どうしてそう思う?」
「エレンが言っていました。いつか人間を駆逐してここを出る、でも今はあなたの恩に報いる為、おとなしくしているんだって」
「ほう…」
「これは勝手な私の妄想なんですけれど、もしかして、人間に戦争をふっかけようとしています?」
名前は探るような視線をリヴァイに向ける。リヴァイは名前の金色の髪がロウソクの明かりに照らされて光るのを眺めた。
名前がそう思った根拠は少ない。この城の住人が、人間に迫害されてきたこと、知性を持っていることから派生した妄想だ。知性を持つ異形は人類にとって脅威だ。
もともと単純な力では人類は異形たちに及ばない。もしも、彼らが無知性の仲間を率いて攻め込んできたらどうなるだろう。名前の考えにリヴァイは口を歪ませた。
「安心しろ。俺達は人間に喧嘩を売るつもりはない。今まで通り、ここで静かに過ごせればいい」
「……そう」
「ただ、この町が侵されるようなことがあれば牙を剥くのは確かだ」
「遅かれ早かれ、この街にも人間の手は伸びると思いますよ」
「だろうな。俺が言ったのは、こちらから争いをふっかけるつもりはないといだけだ」
売られた喧嘩は買うと言うリヴァイに名前は複雑な顔をした。もともとここは私達の領域じゃない、と言おうとしたが、人類が広げてきた領土も、もともとは違う生物の領域だったのだ。文句は言えない。名前は口を噤んだ。
「……名前」
「なに」
「お前は俺が嫌いか」
突然の質問に名前は目を瞬かせた。突拍子もない。リヴァイが何を言っているのかわからない名前は固まる。
「いや、いい悪かった」
「あ、はい……」
変わった人だと名前は思う。名前は巻物を読むフリをしてリヴァイの質問を頭のなかでこねくり回した。好きか嫌いかと言われれば、まあ嫌いではない。
異形に囲まれて生活するという非日常に、名前の心は弾んでいた。正直楽しかったのだ。エレンと格闘することも、ハンジの話を聞くことも、リヴァイと同じ空間で過ごすことも刺激的だ。
「時に名前よ。俺はお前のことをもっと知りたいと思っている」
再び名前の脳みそはフリーズした。何を言っているのかとのろのろと顔をあげると、目に写ったリヴァイの顔は真剣そのものだった。冗談かとおもった名前は困惑する。はあ、と生返事をした名前にリヴァイは少しだけ眉を寄せた。