ジャンとマルコに吸血鬼狩りについて話していると一人の赤毛の女が話しかけてきた。ペトラと名乗った彼女はハンターである。その名前を名前も聞いたことがあるし、会ったこともあった。記憶を辿る名前にペトラは笑ってみせた。その笑顔と胸に揺れるクロスのネックレスで名前は彼女を思い出した。
「あ、カラネスで会いましたね」
「ええ。教会に呼び出されたときに一緒だった他の三人も、またあなたと話したいって言っているんだけど、大丈夫かしら?」
「もちろん」
狩りをしにいくハンターは、最寄りの町で出会った人と徒党を組むものと、もともと自分たちでグループを組んで狩りをしにいくものに別れる。ペトラは後者だった。マルコとジャンは空気を読んで席を離れる。彼らと入れ違うように座ったのは見覚えのある四人だった。
「久しぶりですね」
「一年ぶりだな」
「今までどちらに行ってらっしゃったんですか?」
名前の隣にペトラが座り、彼女たちの前にグンタとエルドが座る。隣の一人客のテーブルから席を引っ張ってきたオルオは、名前達の座っている机の横に椅子をおいた。ペトラとエルドの間に腰掛けたオルオが胸元のシャボをいじりながら名前の問いに答えた。
「ずっと北の荒れ地をうろうろしていたんだ。吸血鬼でも冬の寒さには弱いようでな……こちらも手こずったが、動きが緩慢な吸血鬼の退治なんてあっけないものだったぜ」
「何言っているのよオルオ。あなた寒さに凍えて一緒に死にかけていただけじゃない」
「おい随分な言い草だなペトラよ」
名前は温くなったビールをすすった。二人の思い出話はためになる。名前は寒い場所が嫌いだったため北方面にはあまり行かない。この四人は北を中心に活動しているようで、北特有の生物の話は名前の興味をそそった。
「あなたもあの噂を聞いてこの町にきたの?」
「ええ。今日やっと着いたばかりだからとりあえず情報を集めようと思って此処に来たんです」
「私達もよ。一昨日からこの町に滞在しているけど、まだ確かなことは何もわからないわ。住人も最初は怯えていたけどこうも何もないと恐怖も麻痺するみたい」
名前はポケットのなかから手帳を取り出した。ペトラたちが集めた情報をメモしておこうと思ったのだ。メニューを広げたエルドがとりあえず、と四人分の注文をする。何か追加はあるかと尋ねられた名前はマッシュポテトを注文した。店員の明るい笑顔に名前も釣られて笑う。
「この街の住人のなかに多くの吸血鬼が潜んでいるなんてやはり信じられませんね」
「ああ。俺達もそう思っている。だが、ここに来て新しい噂話しを聞いたんだ」
「なんですか、それ」
「この町に潜伏している吸血鬼達は実はお人好しでな、人間に恩を売ってその代わりに血を吸わせて貰っているって話だ。それならば被害者が名乗り出ないのもわかる」
「夜の町のトラブルは尽きなさそうだし、隠したいことも多そうですしね」
名前は複数の吸血鬼がこのトロスト街に潜んでいるらしい、なにやら企みがあるようだという噂話しを聞いてこの街に足を運んできたのだ。同じようにその噂に釣られてハンターが集まっているようでペトラたちも真偽を確かめに調べまわったらしい。
「面倒なのが、夜遅く活動する人間も多いことね。寝静まってくれれば見当がつきやすいものの、ここら一帯が静まることなんてないもの」
「最近じゃ、吸血鬼の存在を信じていない子供もいるらしいし、大人でもまさか自分が餌食になるとは思っていないんだろう」
「内地の意識なんてそんなものさ」
人間が開発した生活圏の外は豊かな自然で囲まれている。豊かな自然というと聞こえはいいが、要するに人間とその他の生物が共生しなければならない土地である。生活圏を広げようとする人間と自分の縄張りを守ろうとする生物の間では諍いが絶えない。その為に辺境の土地では犠牲者が耐えることはなく、その為に名前のようなハンターが活躍できるのだ。
「クロルバに行ったことはありますか?」
「クロルバ…ああ、古城で有名なあの街か。行ったことはないな。どうかしたのか?」
「いえ。次に行ってみようと思っているので」
「前々の王権の時に伝染病があの街ではやっただろう?それで焼き討ちにされたから、昔の首都と言えども朽ちている。それにあそこは封鎖されているから教会の許可がないと入れないはずだ」
「ああ、そんなこともあったな…」
あの時はやったのは黒死病だっただろうか。名前の記憶はさだかではないが、対人感染が認められる病気でパンデミックを起こしたその病は、街を丸々滅ぼすことで終結した。この行いのせいで一つの王朝が滅びたのだ。そのいわくつきの土地の名前が名前に充てられた手紙の中に書かれていた。
「町ごと焼いたせいで呪いだ亡霊だなんだと騒がれいるな。政府も教会も封鎖するだけで何もしていないんだろう。宿もなにも無いと思うが……」
四人の視線が名前を貫いた。名前はポケットから手紙を取り出して机の上に置いた。四人がそれを覗きこむ。ペトラの眉が心配そうに下がった。