02

 
名前は宿泊先のホテルのフロントで鍵を受け取るときに、同時に渡された手紙に首を傾げた。このホテルに泊まっていることを隠してはいないものの、こうも微妙な手段で訪問されては首をかしげたくなるものだ。部屋に着いた名前は、癖のない文字で名前・名字様と表紙に書かれた封筒を開け、中身の手紙をゆっくりと読んだ。部屋の前で立ち止まる足音に目を上げた。

「名字様。サービスのコーヒーでございます」
「あ、はい。ありがとうございます」
「他になにか入用なものはございますか?」
「この近くでいい酒屋はありますか?できれば旅人が集まるような」

コーヒーを持ってきた従業員は部屋の入口で唸った。ひとまずコーヒーを受け取った名前はカップに口をつけながら従業員の様子を伺った。彼女は制服のポケットから紙とペンを取り出し、町の簡易地図を書きだした。

「この宿の入口右手の道を真っ直ぐすすむとレストランバー街に出ます。そこのヴァイスハイトってお店には一人客が多いですよ。この辺りにあります」
「わざわざありがとうございます」
「いいえ。夜の治安はあまりよろしくないのでお気をつけくださいね」
「はい、そうします」

名前はチップを彼女に渡し、部屋に鍵を掛けた。少し温くなったコーヒーを啜り、荷物のなかの地図を取り出す。手紙の宛名にあった地名と手に持っていた地図の場所を照らしあわせて名前は唸った。その場所に丸を付けた名前は先程の従業員が書いてくれた地図にざっと目を通し、枕元のテーブルの上に置いた。少し仮眠を取ろう。コーヒーによるカフェインの摂取などなんの弊害にもならない彼女は目を閉じてすぐに眠りに落ちた。


■ ■ ■


ホテルの従業員に書いてもらった地図を持って名前は夜の町に繰り出していた。大規模な街なだけあって夜でも活気がある。身軽な衣装で町に繰り出した名前は客引きを適当にあしらい、目的の酒場へと入った。適当に腰掛けるよう言われた名前は奥のテーブル席にすわった。

「ビールとズュートティロラー・シュペックとテューリンガーを」
「はい」

早速運ばれてきたビールとつまみに手を伸ばした名前は酒場の会話に耳をすませた。その耳が聞き覚えのある声を捉える。
思わずそちらを向いた名前は視界に入った顔に目を瞬いた。名前と目があったその男も驚きの表情を露わにし、隣の男を小突く。二人揃って名前の席に来た。

「ジャンでしたっけ」
「おう。まさかまた会うとは思わなかったぜ。紹介する、こいつはマルコだ」
「初めまして、マルコ。私は名前です」
「初めまして。お昼からジャンがあなたの話ばかりしていましたよ。一緒に座っても構いませんか?」
「はい」

人懐っこい笑みを浮かべてマルコは笑った。ジャンは自分たちの席にあった料理を運んでくる。マルコは名前を物珍しそうに眺めた。その視線を伺うように首を傾げた名前に対してマルコはすまないといったように手を軽く振った。

「ジャンはあなたのことを噂通りと言っていたけど、随分お若く見えるものだなと思いまして」
「お世辞と、敬語は別に結構です」
「本当に同い年くらいに見えますよ。もしかしてジャンもそう思っているのかも……」
「ああ、そうかもしれないですね」

化粧ッ気の無い名前は日に焼けていることもあって確かに幼く見えるだろう。
両手にビールとつまみを持ったジャンはよっこらせと掛け声をかけながら席に座り直した。そばかすが特徴的なマルコはジャンから受け取ったビールを軽く掲げた。カチンと三人のジョッキがぶつかった。

「あんたしばらくこの町に滞在するのか?」
「明日、人にあう予定がありまして。明後日からはまた辺境をぶらぶらする予定です」
「狩りの話を聞いてもいいですか?」
「いいですよ。吸血鬼でも狼男でもサラマンダーでも」
「狼男にあったんですか?」
「西の湖の近くで、近場で知り合ったハンター達と吸血鬼を誘き寄せるための罠を張っていたら、森の奥から遠吠えが聞こえて来たんです。最初はただのイヌか狼かと思って警戒してなかったんですけど、一人のハンターが森に人影が見えると言い出して。ちょうど五人いたから、二人を様子見にいかせようってことになって私ともう一人、フーゴって奴と森に入ったんです」
「……」
「そこで私達が見たのは、狩猟用の……猪用の罠にひっかかる狼男で。あっけに取られましたよ。まさかトラバサミにひっかかる化け物がいたなんてね」
「それで、どうしたんですか?」
「その罠を仕掛けたのは私達じゃなかったので、近くの村の猟師を呼んでどうするか相談したんです。そうしたら始末してくれって言われたので仕方なく薬で始末しました。そいつの毛皮は今でも取ってあります。雪国にいくときにはもう手放せなくて」
「希少価値が高い狼男でも殺しちゃうんですね」
「トラバサミにひっかかり暴れた時点でもう瀕死だったので。それにそいつが雌なら手当して放したけど雄だったので……」

名前はカラカラと笑ったが、男であるジャンとマルコは気まずそうに視線を反らせた。狼男の毛皮を羽織った名前の姿は写真で見たことがある気がする。頭の部分をフードにしたそれは作り物だと思ったが本物だったのか。塩味の効いたテューリンガーを噛み切り、彼女はビールを勢い良く飲み干した。

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