18

 
唐突に叩かれた硝子に名前は驚く。ライナーも突然訪れたリヴァイに驚いていた。店内に入り、名前の腕を掴むリヴァイ。その目には安堵が浮かんでいた。彼の息は乱れていなかったが、額にはうっすらと汗をかいていた。

「俺の仕事をサボってこんなところで優雅にお茶か、どういうことだ?」
「え、いや、あの、ライナーさんが幽霊の祟で困っているって相談を持ちかけてきたので…」
「幽霊?俺はそんな非科学的なものは信じん」

迫真の演技で名前を連れて今にも席を立とうとするリヴァイを慌ててライナーが押さえた。その手をリヴァイは振り払う。睨みつけるとライナーは名前にした説明をリヴァイにもしてみせた。そして良かったら一緒に行ってくれないかと彼女は棒読みながら誘う。

「あんたがいれば心強い。飛び入りの依頼だ」
「悪いが依頼は正規の手順を踏まないと受けられなくてな……諦めてくれ」
「じゃあ、こうしよう。今後うちの店で得た情報を、必要があればあんたに流そう。ウォール町の店主会議の情報は、金で買えない価値がある」
「……店関係なくお前が知りうる情報を教えるという内容の念書を書いてもらおうか」

どうなることかとひやひやしていた名前だったが、上手くまとまったようだ。自然に同行する形になっているリヴァイに尊敬の目を向ける。しかも、なにやら取引までしていた。これが世渡りというものなのだろうか。もしもライナーが犯人だったとして逮捕されてもリヴァイには刑務所内の情報が入るようになった。リヴァイは満更でも無さそうな顔で念書をしまう。

「おい、行くぞ」
「はい」

駅から歩いて十分ほど。その間会話らしい会話は殆どなかった。ライナーが何かしゃべり、それに対して名前が二三言返す、ということが少し間を開けて繰り返される。店の扉の鍵をライナーが開け、名前とリヴァイは開店前の店へと足を踏み入れた。

「万が一に備えて、扉は開けておきましょう」
「あ、あぁ」

名前の提案にライナーは素直に従った。やはり、何かはいそうな気がする。店内の電気はつかないのか、なんどかぱちぱちとブレーカーを上げ下げする音が聞こえたものの、明るくなることはなかった。季節柄、夕方でももう暗い。三人の肌を外気の冷気がなでた。これもリヴァイの仕業なのかと名前はリヴァイを横目で見る。だが、リヴァイの表情も陰っていた。目が合うと違う、とリヴァイの口が動く。今更ながら、名前はここに来たことを後悔しだしていた。

「……どうだ?」
「まだなんとも……でも、店の中が気になります」
「構わん、入ってくれ」

ライナーはカウンターの奥のキッチンを抜け、さらに奥の扉を開けた。名前は、扉の奥にレベッカの姿を見た。息を飲む名前の背にリヴァイは支えるように手を置いた。じわりと伝わってくる暖かさに励まされ、一歩踏み出す。レベッカは、上を指さして消えた。キッチンの奥の空間であるそこは小さな机と椅子があり、それ以外は酒便の入ったダンボールが置かれた棚とワインでも保管しているのか、積み重なった樽があった。上にはシーリングファンが回っている。だが、それ以外には何もない。部屋を見渡す名前は棚の下の冷蔵庫に目を付けた。

「おい……」
「しっ………」

一メートル四方の冷蔵庫が四つあり、その上に棚が乗っている。様子の変わった名前にライナーは戸惑う。その様子をみて、リヴァイもおかしいと思った。死体を隠しているのならば、おとなしくはしてないだろう。嫌な考えが頭をよぎる。名前が屈んで冷蔵庫の取っ手に手をのばそうとするのをリヴァイは黙ってみていた。彼女のズボンの尻ポケットにはいっているスマートフォンの画面が点滅している。

「……何だ?」

上からミシリといやな音がした。リヴァイは咄嗟に顔を上げて何が音の原因が確認する。原因は一目瞭然だった。天井にはシーリングファンしかないのだ。強風が吹いているわけでもないのに、ファンは振り子のように揺れている。
三人の動きが凍りついたように止まった。まさか本当に心霊現象が起きるとは。リヴァイは名前の側に行こうと床を蹴る。だが、まるでリヴァイの行動がきっかけになったかのように、ファンが落下した。反射的に頭の上に腕を上げ、頭をかばう姿勢をとったリヴァイだが、下手に動いたせいで彼の身体はライナーと共にファンの真下にある。まずい、と思った時に真横からの衝撃でリヴァイは酒樽の山の中へと突っ込んだ。流れる視界のなかで、ライナーの腕が見えた。彼が突き飛ばしたようだ。

「リヴァイさん!ライナーさっ……」

衝突音と金属音の後、名前の悲鳴が聞こえた。だが、それは途中で途切れた。樽の山が崩れ、その下敷きになったリヴァイは身動きが殆ど取れない。どうやら中は空のものが多いらしいが、それでも重すぎた。樽と樽の隙間から部屋の中の様子を伺いたいが、立ち込める埃と電気がつかないせいでほぼ何も見えない。

「名前……返事をしろ!」

リヴァイが声を上げる。だが、返ってきたのは静寂だった。顔の前にある樽をのけ、どうにか周囲を見渡す。下半身は挟まれているようで動かない。どこからか、蚊の鳴くような声で名前が呼んでいるような気がした。暗闇のなかで、一筋の暖色が見える。ブーンとモーター音も耳に入ってきた。

「レ…ベッカ………」

名前は自分の手を濡らす液体がワインだということに気がついた。まるで血のように名前の白いシャツを染め上げていく。驚きと恐怖に固まる名前の前で、ゆっくりと冷蔵庫の扉は開いて行った。冷気が名前の肌に鳥肌を立てていく。冷蔵庫から這い出たレベッカの肌の表面は薄い氷が膜づいているようで、名前は自らに触れる彼女の指の冷たさに痛みさえも覚えた。

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