16

 
午前中はどうにか落ち着いていたものの、リヴァイといざこの件について話しているとどうにも落ち着けない。思い込みが激しい性格なのか、名前はレベッカがあの店の多分冷蔵庫の中にいるんだと繰り返す。仮にそれが真実だとしても、リヴァイに家宅捜索をする権利はない。そもそもレベッカの死体を発見したとして、その説明をすることは不可能だ。家宅侵入で訴えられた日には目も当てられない。

「レベッカの件は少し置いておこう……お前、もうなるべくウォール駅の繁華街には近づくな」
「えっ」
「当たり前だろう。あの店の店主がレベッカを殺したんなら、それを嗅ぎまわっている俺とお前は厄介な存在だ。過去の経歴から考えて、何をされるかわからない。俺はともかく、お前は問題だ。お前があいつに女の霊の余計なアドバイスをしたせいで、まず狙われるとしたらお前だ」
「……気を付けます」
「何かあったら警察に通報しろ。もしくは俺にすぐ連絡しろ。時間帯で気を使うことはない」
「はい」

自分の身に迫る危険はあまり考えていなかった。名前はどうも危険に無頓着なようだとリヴァイは思う。少し、心配だ。顔の傷はだいぶ癒えているようだが、足首の包帯が取れていないところを見ると、また転んだりなにかしたりしたのだろう。

「くれぐれも言っておくが、勝手な行動はするな」
「……」
「一人で乗り込むとか考えているなら、絶対にやめろ」

考えていたのだろう。名前はしゅんとして見せた。リヴァイは缶コーヒーを開け、思案する。これだけの情報では警察は動かない。だが、自分たちが動くにはリスクが高過ぎる。名前もそれはわかっているのだ。だからこそ歯がゆい。完全に煮詰まってしまった。

「……レベッカの捜索を俺が仕事としてできるのはあと五日だ。レベッカの母親と最初から一ヶ月の契約だった。延長はしないだろう」
「そんな……どうして」
「いいか、興信所での行方不明者の捜索には莫大な費用がかかる。二週間程度の調査で基本五十万+成功報酬五十万だぞ?一ヶ月だと基本は八十万だ。これに必要経費が足される……レベッカの家庭に金の余裕があるなら、彼女は奨学金を貰おうとは思わないだろうな」
「……」

私が払います、と言わないだけ名前は大人だった。そもそも名前にそんな大金は用意できない。リヴァイは立ち上がり、自分のデスクの引き出しから小さな防犯ブザーを取り出した。それを名前に向かって投げる。

「肌身離さず持っていろ」
「いや、これ……ありがとうございます」

防犯ブザーを受け取った名前は変な顔をした。その表情にリヴァイは心当たりがある。女性に渡すものだから、と通常のごつい防犯ブザーではなく、ストロベリーチョコレートのドーナツ型の防犯ブザーしたのだ。名前の掌に容易に収まるそれはとてもかわいい。凶悪面のリヴァイが買ったとは思えないほど可愛い。恐らく名前はリヴァイからこの防犯ブザーを渡されて困惑したのだろう。だが、気に入ったようで、彼女は早速自分のスマートフォンのストラップに追加している。小型だが音はでかいのでストラップとしてちょうどいいのだ。

「かわいいですね、これ」
「だろ?」

どこか誇らしげに言うリヴァイに名前は思わず吹き出した。


■ ■ ■


いつもの様に駅前の喫茶店で勉強を教え、次回の日程と宿題を確認した名前は、そのまま家に帰ろうと駅構内へ入った。不意に掴まれた腕にバランスを崩し、たたらを踏む。誰だと振り返ってその目に収めた人物に名前は顔色をなくした。

「えっと、あの……」
「あんたに頼みがあるんだ……少しでいい、話を聞いてくれ」

そこにいたのはバーの主人だった。ポロシャツにジーパンという私服姿のため、最初はよく分からなかった。完全に逃げるタイミングを逃した名前の頭のなかで警告が鳴る。

「わ、私この後、アルバイトがあるんで……」
「アルバイトの後でいい。いや、むしろ今日の給料分、俺が出す。言い値でだすから話を聞いてくれ!」

目の前で頭を下げられて名前は困っていた。彼は名前の腕を離そうとはしない。助けを求めるように辺りを見渡す名前だったが、早足で歩く人の多くは手元のスマートフォンに夢中で名前達のことなんか視界に入らないようだ。

「……じゃあ、そこのカフェでいいですか。そこじゃなければ嫌です」

男は顔をあげる。そして首がもげるのではないかと心配するほどの勢いで頭を上下に振った。彼はそのまま名前の腕を引っ張って店に入る。その姿を柱の裏に隠れるように立っていたペトラは写真に収めた。

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