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名前の長所の一つは迅速な行動力だ。物は試しと、名前は街にいる幽霊に接触を試みていた。自宅から最寄駅に行くまでの道には誰もいない。だが、大きな病院に行けば誰かしらいるだろうと考えた名前は電車で二駅ほどの大学病院に向かっていた。二限三限続きの講義が休講だったのだ。

「いる、けど……なんか予想と違うなぁ」

病院には幽霊がうじゃうじゃといると思ったのだが、そうでもない。受付会計前のソファーに一人、歩きながらちらりと覗いた各病室に数人、自販機の設置された屋上に二人だ。死んだ人間、全員が幽霊になるのではないのはわかっていたが、なにかしら未練を残した人ならばもっといるだろうとの考えは否定されたようだ。屋上には名前以外、人影はない。話しかけてみようと柵に手をかけ下……病院の入り口を見つめる人に声をかけた。

「あの……」
「………」
「あのぉ……」

声をかけるも反応はない。名前はパジャマ姿の男性の肩に手を伸ばした。指先がそっと触れる。頭の中に流れ込んでくるビジョンは点滴と窓……窓からは病院の門が見えている。ランドセルを背負った女の子が母親とみられる女性に手を引かれてやってくる姿を捉えると、その少女の姿がズームアップされ、視界が明るくなる。名前の指に気がついたのか、男性はゆっくり振り返った。名前と目が合うと、頭の中に流れていた映像が途切れた。

「……触ると見えるっていうことも確実っぽいなあ」

名前はひとりごちる。レ昨夜レベッカの伝えてきた『私の記憶は漂う』という言葉がひっかかってしかたがない。名前が思うに、今まで名前が見ていたものは亡くなった人の思念そのものではないのだろうか。強い思いが残り、名前はそれに触れて、見ることができる。そう思えばあちらからコンタクトを取ってくることもないのもわかる。

例外なのはレベッカだが、彼女はきっと紛れもない幽霊なのだろう。彼女からは気配がするし、レベッカ自身からコンタクトをとれている。そう考えると心のなかのもやもやが少しすっきりした。
名前のスマートフォンが振動し、着信を告げた。アプリを通してエレンからの電話が来ている。今からボーリングに行くつもりだが、来るか?というものだった。いけないと断わると分かったと言って切る。アプリで無料電話ができるようになってから、スマートフォンでする本来の電話はめっきりしなくなってしまった。そういえばレベッカはアプリ経由ではなく、通常の電話をかけてきていた。

「………」

何の気もなしに着信履歴を見て、名前は目を剥いた。一昨日にレベッカから着信が来ている。今のいままで気が付かなった原因は、不在着信ではないことだ。履歴上、名前は電話に出たことになっている。凍りついた名前をベンチに座った幽霊は眺めていた。


■ ■ ■


ウォール駅のいつもの場所で待ち合わせをした名前はリヴァイが来るのが待ちきれないようだった。そわそわと落ち着きがない。たまに声をかけてくるナンパを適当にあしらい、リヴァイの姿を見るなり駆け寄る。その勢いにリヴァイは何が起きたと訝しげな表情を作った。

「リヴァイさん、あれです、いつもと違うところに行きましょう」
「……そうだな。人がいないところがいい。俺のオフィスか……ホテルでも構わん」

最近気がついたことがある。リヴァイは以外とおっさんだ。名前はじと目でリヴァイを見るが、リヴァイはナチュラルにセクハラ発言をしたことに特に何も思っていないようだ。はあ、と名前はため息を吐いてみせる。

「ええ、ホテルでも構いませんとも!私も人に聞かれたくない話を持ってきましたからね」
「……オフィスにするか。ロータリーでタクシーを拾おう。安心しろ、経費で降りる」

意外とダメなおっさんだな、が名前の素直な感想である。タクシー代を経費でという点ではない。まあいいかと名前はリヴァイと共に捕まえたタクシーに乗り、スミス探偵事務所のオフィスへと向かった。ここからそう離れてはいない。車で三十分かからないくらいだろう。着いたのは小洒落たビルだった。まだ新しい。しかも大きい。

「裏から入るぞ。ついてこい」
「はーい」

リヴァイは表玄関を避けて、裏口から入った。そのままオフィスエレベーターを使い、名前を自分のオフィスに招いた。お邪魔します、と名前はリヴァイのオフィスに入る。モノクロを基調とした部屋は掃除が行き届いていた。机の上に消しカスひとつ落ちていない。リヴァイは部屋の冷蔵庫から缶のカフェオレを取り出し、名前に投げた。ソファーに座るよう促し、リヴァイ自身も座った。

「今にも話しだしそうな顔をしているな。いいぞ、聞いてやる」
「レベッカの記憶を覗いたんです。そうしたら、彼女が襲われた時のビジョンが見えました。レベッカを襲ったのはあのバーのマスターです。間違いありません。私は見ました」
「……俺の友人がフリーライターで、一時期風俗ライターもやっていた。レベッカのいたバーについて調べてくれていたんだが、店の主人に暴行事件の前科があることが分かった。それ以外にも、傷害罪の前科もある。雇われ店長らしいが、とんでもない奴だったな。一ヶ月前も喧嘩をしたらしくて警官に厳重注意を受けている」
「決まりじゃないですか」
「まあ、落ち着け。あそこらへん一体を住処にしているやつは大抵そういうクズ野郎だ。それに、通り魔が起きた時、あの男にはアリバイがある」

興奮してプルトップを開ける手まで震えさせている名前の手から缶を取り上げ、開けてやる。カフェオレを一口飲み、落ち着いた名前は深く息を吐いた。

「通り魔事件とレベッカの件は関係ないのかもしれないな。まあ、レベッカがあの男に殺されたのだとしても、お前が見た、と言っだだけでは証拠にならないだろう」

名前の中だけの確信では意味が無いのだとリヴァイは諭す。きちんとした証拠がなければ警察も動かないだろう。

「証拠……レベッカの死体?」
「あ、あぁ。まあ事件性が明らかになれば警察は動くな」
「レベッカは冷たくて暗くて狭い場所にいます……多分、あのバーのどこかにいる気がするんです」
「せめて森にでも捨ててくれればなんとかなったものの……あの野郎は死体をまだ保管しているのか」

興奮した猫のようになった名前を宥めながらリヴァイは悩んだ。手に余る事態だった。

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