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頭の中の映像が消えると同時に名前は目を開ける。だが、そこにはもう誰の姿もなかった。背後のベッドではジャンが小さな寝息を立てている。名前は慌てて机に駆け寄り、ノートを取り出した。レベッカはとても大切なことを教えてくれた。レベッカ自身のことだけではない。名前のこの力にとってとても大切なことを教えてくれた気がする。付箋とノートを駆使して頭のなかを整理する。スマートフォンを手に取りリヴァイの連絡先を呼び出したものの、時間帯を思い出し、手を止めた。背後で布のこすれあう音がする。

「……名前?」
「あっ、ごめん起こしちゃった?」
「いや、寝ちまった俺が悪い……何しているんだ?」
「ちょっと考え事」
「お前、寝不足とか言ってたが、本当に最近顔色良くないぞ。言っちゃ悪いがレベッカはあくまでも他人だ。お前が身を削る義務はないだろ。しっかり休めよ」
「ありがとう。でも、これは自己満足よ。それに、自分についてもっと知らなきゃなって思うの。だからこれはいい機会だと捉えることにしたわ」
「そうかよ。まあ、倒れないように気をつけろ」

大きな欠伸をしてジャンはあぐらをかいたまま目を擦った。眠そうである。寝ていていいよと声をかけるとジャンはそのままこてんと横になった。名前はノートに視線を戻す。もしかしたら、今まで名前が見えていたものは死者の姿ではないのかもしれない。腕を伸ばし、名前は時計を睨んだ。


■ ■ ■


リヴァイはレベッカの母親に送る予定の調査結果の中途報告書を作成していた。二週間程度の調査でレベッカのアルバイト先と、巻き込まれたかもしれない事件についてしか調べられていない。もしも、レベッカのアルバイト先から通り魔についての依頼が来たら、リヴァイはレベッカの母親を使って警察に働きかけようと思っている。パソコンに長時間向き合ったせいで凝った首を回した。

「リヴァイさん、紅茶はいかがですか?」
「ああ、もらおう。悪いなペトラ」
「いいえ。お気遣いなく」

受付をオルオと交代したペトラはリヴァイに紅茶を運ぶ。中途報告書を印刷し終わったリヴァイはホチキスでそれを一纏めにして茶色い紙封筒に入れる。彼の左手の人差し指に嵌められた指輪を見て切なそうに目を細めた。またこの季節が巡ってきてしまった。リヴァイは小雨の降る窓の外に視線を投げている。沈黙の落ちた室内を揺らがすようにリヴァイのスマートフォンが着信を告げた。

「もしもし……ああ、なんだお前か。どうした………お前今日は五限まで講義だろ………ふざけんな。学生の本分はきちんとまっとうしろ。夜だ。俺も日中は予定がある……ああ、わかった。いつもの場所だな。調べておく。おい、ちゃんと出ろよ。サボるな………はいはい、切るからな」

リヴァイは電話の切れた画面を見て軽い舌打ちをする。名前からだ。今すぐ行きたい場所があるとかで騒ぎ立てていたが、リヴァイはそれを一蹴した。誰からなのだろうと訝しげに見るペトラに弁解するようにリヴァイは言った。

「現役女子大生だが、別に引っ掛けたわけじゃない。今俺が受けている行方不明の女子大生の親友だ。少し協力してもらっていてな」
「そうなんですか。大変ですね」
「あ、ああ……」

ペトラはリヴァイの恋人ではない。ただの部下だ。だから、リヴァイがどこで誰と何をしようと干渉できる立場ではない。リヴァイはどこまで気がついているのだろう。たまにペトラは不安になる。自分の気持ちがリヴァイの重荷になっているのではないかと。消えた恋人をまだ思う彼の気持ちにもしも、自分の気持ちが水を差すようなことをしていたら。思い上がり甚だしい妄想だとはわかっている。だが、そう思い、思うたびに気持ちは上昇し、そして下がるのだ。

「イザベルとファーランに会ってくる」
「お帰りは?」
「直帰する」
「承知いたしました」

リヴァイはハンガーからトレンチコートを取り、鞄を持って出て行ってしまった。ペトラは彼を見送り、湿気を追い払うために乾燥機をかける。主のいない部屋は色彩が失せてしまった。

リヴァイは旧友であるイザベルとファーランの家を訪れていた。彼らはフリーライターだ。レベッカのアルバイト先を探す時にも協力してもらっている。ドアベルを鳴らすと勢い良く扉が空き、イザベルがリヴァイを迎えた。

「兄貴!ファーランの兄貴は今シャワーを浴びてるからちょっとまってくれ」
「ああ。まずは家に入れてくれ。外は雨で冷える」
「タオルはいるか?」
「寄越せ」

イザベルはリヴァイにバスタオルを渡した。コートについた雨粒を玄関で払うように拭い。まとわりつく湿気に眉を寄せた。案内されたリビングでイザベルは電子レンジで温めたホットミルクをリヴァイに出した。

「お前仕事は?」
「今はカタログのコピーライティングをしてる!あと雑誌の連載を五本だ!儲かっているぜ!!」
「そうか。そりゃなによりだ」
「ファーランの奴、今度小説を出すらしいぜ」
「小説?」
「おう!なんか言っていた」

ミルクの上に浮かぶ膜を啜る。二人とも想像していたより忙しそうだ。イザベルの話に相槌を売っていると風呂から上がったファーランがやってきた。冷蔵庫に向かい、牛乳を飲もうとパックを持ち上げる。

「あ!イザベル!お前飲んだな!?空じゃねーか!」
「しょうがねーだろ!兄貴の身体が外の雨で冷えちまったんだからよ!」
「それはしょうがねーな」

相変わらず煩い二人だとリヴァイは少し笑った。イザベルの隣に座ったファーランにリヴァイは風俗街の通り魔について話を持ちかける。ああ、と話し始めたファーランの言葉に、リヴァイは眉を潜めた。

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