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今日は客が来ないとぼやく店主に名前はもしかして、とリヴァイに視線を送った。リヴァイも同じことを考えていたのだろう。肩を竦めてみせた。店の扉の前に砕けた植木鉢があったら常連以外は避けるだろう。手持ち無沙汰な店主はサービスの氷砂糖と共に二人のテーブルを訪問して世間話を投げた。

「まあ、最近ここら辺で通り魔やらの噂もあるからな。客足が減ってもしょうがないのか……とは言ってもこっちとしちゃ迷惑極まりないんですけどね」
「通り魔?ニュースではやっいてませんよね」
「あぁ、なんせ未遂だからな。一昨日も近くのお店の女の子が襲われかけたんだけど、たまたま近くに他の人がいて助かったらしいんですよ。先週も一件似たようなことがあったらしいが、それも既のところで撃退したらしい」
「ほう……おい、お前も気をつけろよ」
「はいはい。気をつけますよ」

事件が続いたことで各店が集まって対策を考えるためにミーティングが開かれたらしい。そこでわかったことが、一ヶ月以上からちらほらと同じような事件が起こっていたようだということだ。改めて各店の女の子に話を聞いたところぱらぱらと不審者の話が出てきたと言う。

「ほら、あんた達、名前ちゃんのことを探してただろ?俺、会合の話を聞いて嫌な想像しちまってさ。まあ、俺だけじゃなくて他の店も急に居なくなった子のことを心配してたけどな」
「あの子が巻き込まれたかもしれないってことですか……?」
「あくまで勝手な想像だけど。連絡取ろうにも出ない子が多いから……しょうがないんだけどな」

ウォール街のような巨大な繁華街では色んな利害が絡み合っている。この街の地下では複数の暴力団が凌ぎを削っているのだ。リヴァイの耳にはそういった小競り合い関係の情報が毎日のように入ってくる。ファーランから通り魔もどきの話は聞いていたがそれが関わっている可能性はあまり濃くはないと思っていた。どちらかと言うともう一つの案件に関わっていると思っていた。

「被害届は?」
「ちょっと厄介なことに被害者が十八歳で、お店がね……」
「なるほどな」

店主とリヴァイのやりとりに名前は何かを察した。未成年が働けないお店の女の子が被害にあったのだろう。

「犯人の情報は?」
「身長百八十前後の男でメガネをかけているってことしか分からない。そういえばあんた、興信所の人でしたね。これ以上被害が続くようならお願いするかもしれない」
「あぁ、大歓迎だ」
「そりゃ頼もしい」

入り口の扉が開いた。来客のようだ。いらっしゃいませ、との声がカウンターからかかる。その客はカウンターの真ん中に陣取った。バーテンダーと談笑を始める。店主も奥へと戻った。

「レベッカに、直接聞いてみます」
「やめたほうがいいと思うがな。俺が勧めるのは部屋の四方に塩を盛ってベッドの中で大人しくしていることだ」
「わたし自身レベッカにははやく成仏してほしいんですよ。ほら、よくあるドラマなら死因を解明、犯人逮捕でハッピーエンドじゃないですか」
「…………」

リヴァイはあまりホラー映画を見ない。だから名前のいうパターンが王道なのかはさっぱり分からなかった。それに殺されかけといてどうして積極的に関わろうとするのかも分からない。今の名前を一人にするのも不安だった。

「おい、お前一人じゃ危ないから、俺の会社の部下をつけよう。一泊させるからその時にやれ」
「えっ、大丈夫ですよ。ジャンとかを泊まらせます」
「そうか……」

名前はさっそくジャンにメッセージを飛ばした。都合のいい日を聞くと、別にいつでもいいらしい。暇なやつだ。スケジュール帳を睨みながらスマートフォンを弄る名前の顔には不安気な表情はなく、リヴァイはそれが引っかかった。


■ ■ ■


最近寝付き悪いからオールナイトでお喋りしようよとジャンを誘う。案の定、二時を少しばかり過ぎたくらいでジャンは寝落ちした。名前はジャンを自分の部屋のベッドに寝かせ、彼が完全に寝付いたことを確認してから全身鏡のカバーをとりはずした。服装は以前レベッカが現れた時、彼女が着ていた物と同じ物だ。レベッカが来てくれる確信があった。部屋の温度が少し下がった気がした。

「レベッカ」
「…………」
「教えてレベッカ……あなたを殺したのは誰……?」

鏡の表面が結露のように曇っていく。水鏡に写ったレベッカは名前に向かって手を伸ばす。まるで鏡の中に閉じ込められて出られないように見えるレベッカは、ペタリと鏡に手を置いた。名前も鏡のレベッカの掌と自分の掌を重ねる。名前の隣に置かれたスマートフォンに視線を飛ばした。

「…………」

頭のなかに流れるレベッカの記憶をたどるため、目を閉じた。追われるレベッカ。振り向くと追いかける影。レベッカの視界に写る町並みはウォール街だろうか。煉瓦作りの塀を曲がり、開けた道に出る。ヒールがコンクリートに当たる音と荒い息が耳にこもる。まるでレベッカの目の代わりにビデオカメラを設置し、そのテープを見ているようだ。何かにつまづき、転ぶ。迫る男。その顔を、名前は見た。

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