12

 
軽い夕食と言いながらしっかりハンバーグを平らげた二人はレベッカの働いていたバーに向かっていた。あの場所にはレベッカの気配を濃く感じるのだと言う。名前はバーの目の前で立ち止まり、顔をあげる。三階建てのビルの屋上を凝視しだした名前にリヴァイも釣られて名前から視線を外し、屋上を見る。小さな白い何かが不意に屋上から柵の隙間を縫って落ちてきた。くるくると周り、落ちてくるそれは、二階を過ぎたところで植木鉢だと分かった。

「名前!?」

慌ててリヴァイは後ろに下がり、名前の腰に腕を回して共に下がる。狭い道路だから下がれたとしても二メートルだろう。リヴァイは名前の身体を半ば抱えるように後退するという脅威の瞬発力を見せた。花びらを散らしながら落ちる植木鉢は店の看板の前で地面に激突し、砕けた。呆然とする名前は身体の力が抜けきってしまった。リヴァイは名前を抱えたまま、荒い息を吐く。肝が冷えた。そして確信したことがある。

「お前、今見たな」
「…………」
「その怪我も、今と同じ状況なんだろ」

リヴァイの言葉は疑問形ではなかった。無言で顔を背けようとする名前の頬を無理に力をかけてリヴァイは正面を向かせる。沈黙は肯定とよく言ったものだ。リヴァイはビルの屋上を睨む。名前の細い手首を掴んでバーの中に入った。苛立ちを露わにして店内に入ってくるリヴァイを店主はどうしたものかと見る。

「お席は?」
「テーブルだ。接客はいらねえ。あと、テキーラ。お前は」
「アレキサンダー」
「承知しました」

幸い開店してすぐということで他の客はいなかった。きらびやかで艶やかなバーにリヴァイの暴力的雰囲気が重なるとアウトローな空気が漂う。奥の座席はカウンターからも程よい距離にあった。カウンターの中の女の子は以前来た時にはいなかった子だ。すぐに運ばれてきた酒を名前はちびちびと舐めるように飲む。リヴァイはザルらしく一気に喉に飲み干していた。

「で?あれは酔った俺の幻覚か?俺はもうそんな年か。俺の目には見えなかったが、お前には見えているものがあるらしいじゃないか。ああ?」
「ちょ、ちょっと落ち着きましょうよ。私だって混乱しているんですから……」
「お互い落ち着こうじゃねーか。いいか、俺の質問に答えろ。一つ目だ。お前はさっきこのビルの屋上に何を見た?」
「レ、レベッカに似た女性を見ました……」
「二つ目だ。その後俺達の頭をかち割るために落ちてきたものは何だ」
「かち割るためって……たまたまかもしれないし……」
「名前よ。お前の見解は今どうでもいいんだ。俺が求めているのは見解ではなく、事実の確認だ」
「リヴァイさんのそれだって偏見の見解じゃないですか!」

名前がちくりと刺す。それが気に入らないリヴァイはこの腹立ちを抑えようとグラスを口に運び、それがとっくに空になっていることを思い出し、手を上げて人を呼んだ。

「ウイスキー・マック」

空になったグラスは下げられた。確かにリヴァイの言っていることはリヴァイの見解であり、事実を元にしているとしても意思は確認できない。周りくどい言い方は辞めることにした。日頃から悪いと言われている目つきを更に悪くし、目の前の名前を睨む。名前も負けずと睨み返した。

「ああ、分かった。分かったさ。はっきり、事実だけを聞こう」
「ええ、そうしてください」
「お前は、階段から落ちた時も、頭に植木鉢が降ってきた時もレベッカの霊を見ていたな?」
「……ええ、そうですとも」

酔いのせいか興奮のせいか目の下を赤くした名前は素直に認めた。ふう、と息を吐きながらリヴァイは胸元のネクタイを緩める。

「あのですね、でも、そうだとしても幽霊が物理的に攻撃してくると思いますか?私はおもいません。だって幽霊ですから」
「だが、偶然とは言えないだろ。だから俺はお前の解釈を聞きたい」

名前は黙り込んだ。沈黙の落ちたテーブルにリヴァイが頼んだウイスキーが運ばれてくる。今度はきちんと味わって飲むことにしたリヴァイは冷えたグラスに唇を付けた。名前は階段から落ちたときと先ほどの状況を思い浮かべる。何か共通点が絶対にあるはずだ。

「…水?屋上緑化なら、確かに……」
「なんだ」
「私が階段から落ちた時、午前中が雨だったこともあって地面は濡れていました。レベッカの姿を見てすぐ、足元にすごく違和感があったんです。しっかり階段に足をかけたはずなのに、氷のように滑って……。このビルの屋上は確か植物が植えてありました。なら水が撒かれていてもおかしくない。もしも、レベッカ水を操れるとしたら……落ちてきたのも納得いきます」
「お前、もう一人で風呂はいれねェな。一緒に入ってやろうか」
「ちょっとやめてくださいよ!」

リヴァイはテーブルの水滴に視線を飛ばす。霊は水場に集まりやすいとかなんとか。水にはエネルギーを吸収したり発散したりする性質がある。その性質を利用しているのが電子レンジだ。水が電磁波のエネルギーを吸収する力を使って物を温めている。水が幽霊に関するなにかのエネルギーを吸収したり発散したりするならば、名前の考えにも納得が行く。しかし、レベッカが名前に危害を加えるとは想像していなかった。困ったなと眉を寄せるリヴァイに名前は頭を抱えた。

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