レベッカがどうして名前の名前で、名前と同じ服装でアルバイトをしていたかというのが目下の謎だ。リヴァイは名前に心当たりは無いのかと聞くが、名前には心当たりがない。大学の講義を受けながらも名前はずっと考え込んでいた。そんな彼女の肘をジャンは小突いた。
「おい、出席カード来ているぞ」
「あっごめん。ぼーっとしていた」
「見りゃわかる。大丈夫か?」
端の席から回ってきた出席カードを隣のジャンに渡す。ジャンのさらに隣に座るマルコも心配そうに名前を見ていた。大丈夫だと言いながら出席カードに学籍番号と名前を書く。隣にレベッカがいないことにもう違和感を感じなくなってしまった。数分後、講義が終わり、マルコが三人分の出席カードを出しに行った。
「で、今度は何に悩んでいるんだ?」
「…うーん守秘義務」
「はぁ。お前な、それはあんまりなんじゃねーの?」
「だってリヴァイさんが守秘義務があるって」
「全部が全部言えないことじゃないだろ」
「まあ、そうだよね」
名前の口はお世辞にも固いとは言えない。次のコマは空きコマだということもあって、名前はジャンとマルコを連れてメディアセンターのミーティングルームに行くことにした。ディスカッション室なら人もいないし喋る事も出来る。
「詳しくは言えないけど、レベッカが私になりきってアルバイトをしていたっぽいの。それで、なんでだろうなあって考えているんだけどさっぱりわからなくて」
「なりきってってどういうことだい?」
「私の名前をお客さんからのニックネームにしていて、たまたまかもしれないけど私と同じ服で接客していたから」
「レベッカはお前のこと大好きだったもんなぁ。だからじゃないか?」
「確かにいつも一緒にいたよね」
「でも仲がいいからって真似する?」
「さあ?」
名前は納得がいかなかった。確かにレベッカとはお互い片親という境遇もあって姉妹のように仲がよかった。だが、それだけでレベッカがあのような行動にでるとは思えない。何か知らない?と名前が尋ねると顎に手を当てたマルコが歯切れ悪く口火を切った。
「あまり、言っていいことじゃないと思うけど、レベッカは名前が羨ましかったみたいだよ」
「えっ?」
「僕がレベッカと飲みに行った時、彼女べろんべろんに酔っちゃって……その時に聞いた話なんだけど、同じような境遇だし、同じようなことをしているのに私と名前は全然違うって泣いていたんだ」
マルコは寂しそうに言った。レベッカはアイディンティティを見失っていたのかもしれない。父を中学生の頃に亡くし、大学は猛勉強して奨学金で入学。人一倍勉強して結果を残さなければいけないのに入ったサークルは拘束時間が長い。でも、サークル外の友人はあまり多くないからサークルを抜けるわけにはいかない。
「名前はお父さんと二人だけどお金には困ってないだろう?成績も微妙だけどそれで大学に通えなくなる可能性は無い。それに予備校に通っていたからマリア大学対策クラスの友人もいるし、幼なじみのジャンもいて、ジャン繋がりで今のサークルにも出会ったしね」
「大学にはいってからのレベッカは私に連れ回されていたってことかな……」
「君と一緒にいることを選んだのはレベッカだよ。高校と違って大学の人間関係はそう縛られたものじゃない。名前といっしょにいることを選んだ結果、自分じゃどうしようもない嫌な現実を知ってしまったんだ」
「だから、あいつはお前を演じることで一時でも満たされていたんじゃないか」
マルコの言葉を引き継ぐようにジャンはそう言って名前を見た。二人の視線に晒された名前は戸惑う。マルコとジャンのなかではその説で固まってしまったようだ。
■ ■ ■
その夜ジャンとエレン、ミカサは名前の家に遊びに来ていた。彼女の家でドラマのDVDを見ることになったのだ。父親が医者なだけあって名前の家は広い。テレビも十分な大きさを誇っていた。リビングにはショッピングモールで買ったお酒とクラッカーやらのつまみが広げられている。
「飲むのはいいけどほどほどにしてよね」
「わかってるって」
「ミカサ、いざとなったらエレンを強制的に寝かせちゃっていいから」
「わかった」
奇遇なことにエレンの父親と名前の父親は知り合いだった。内科開業医として呼ばれた医療講演会で知り合ったらしい。世間は狭いものだと思う。
「名前、DVDはもう入れていいか?」
「え、見る前に頼むピザ決めちゃってよ」
「俺は何時ものでいい。あとはそっちで勝手に決めてくれ」
ジャンはいつも注文するシーフードピザでいいらしい。他にどのピザを頼もうかと悩むエレンとミカサの背後にレベッカの姿を見たような気がして、名前はぞくりと背筋を凍らせた。