08


レベッカの働いていた店は夕方の十八時から店を開ける。名前とリヴァイが店に到着したのは十九時少し前だった。店には男性客が二人ほどいて、彼らの接客を二人の女性バーテンダーがやっていた。来店したリヴァイと名前の応対をしようと近づいた店の主人はリヴァイの顔を見てまた来たのかというような表情を浮かべた。短く刈り込んだ金髪と服の上からでもわかる鍛えあげられた肉体を持った店主はバーよりスポーツクラブのほうがお似合いの風体だった。

「今度は一応客としてだ。こいつと二人、テーブル席がいい」
「テーブル席だとバーテンダーとあまり会話ができませんよ」
「…じゃあ、カウンターで」

主人はカウンターの中に入り、二人を奥の席に招いた。名前はガールズバーというものに初めて入ったが、店で働く女の子が思っていたより普通の格好をしていることに改めて驚いた。キャンパスにいるような格好だ。露出の高いドレスも着ること無く、とくに派手な化粧をしているわけでもない。

「お飲み物は?」
「えっと……」
「協力費だ。おごろう。好きな物を頼んでいい……ただし、酔いつぶれるなよ」 
「じゃあシャーリーテンプルを」
「ロングアイランドアイスティー」

名前はノンアルコールカクテルを頼んだ。正しい判断だろう。見ず知らずとは言わないが、そこまで親しくない男と歓楽街で飲む形になっている。万が一を考えてアルコールを控えるのは正解だ。明るい外見だとはいえ、貞操観念はきちんとしているようだ。カクテルを作るバーテンダーにリヴァイは話しかけた。

「この店で働いてた名前って子について何か知ってるか?」
「名前?お兄さんあの子のお客さんだったんですか。残念だけどここ一ヶ月くらい見てないなあ。店長も連絡つかないって困ってたけど、まあ良くある話ですからね」
「よくある話?」
「何も言わずに辞めちゃうって多いんですよ。特に夜のアルバイトとかは。あの子は真面目そうに見えたから意外でしたけどね」
「ほう」

リヴァイが聞き込みにきている探偵だということはアルバイトに伝わっていないようだ。店の奥から店主が心配そうに見ている。バーテンダーが名前の前に注文したプッシーキャットを置いた。オレンジジュースとパイナップルジュースとグレープフルーツジュースをシェイクしたものにザクロから作ったグレナデンシロップが入っている。飾られたスライスオレンジはハート型に切り抜かれていた。

「私、名前の友人なんですけどあの子と連絡つかなくて困ってるんです。何か知りませんか?」
「うーん。あんまりシフト被ってなかったからなあ……。お店でトラブルとかは無さそうだったし……」
「そうですか……」
「大学の友達?」
「はい。学部もサークルも一緒なんです」
「そっか。なんか雰囲気似てるって思った」

バーテンダーは笑いながらリヴァイのカクテルを出した。雰囲気が似ていると言われた名前は面食らう。そんなこと初めて言われた。名前はどちらかというと活発でレベッカはおとなしい方だ。喋り方も全然違う。初めて言われたと言うとバーテンダーは肩を竦めてみせた。

「名前は明るくてハキハキしててお客さんにも人気だったのよ。ユニークだったしね。水商売っぽさがないっていうか。実際アフターとかは断ってたみたいだし、本格的に沈むつもりはなかったんだろうね」
「どうしてここで働こうと思ったんでしょう……」
「お金のためだとは思うけど」

バーテンダーの口から聞くレベッカの像は名前の知るレベッカとはかけ離れていた。レベッカは事なかれ主義のはずだ。水商売に興味があったとしても実際に働いて見るような好奇心旺盛な人には見えなかった。名前は俯く。親友だと思っていたレベッカのことが急に知らない人のように思えたのだ。

「人間誰しも他人に言わないことはある」
「でも……調べれば調べるほど私の知ってるあの子とは全然違うんです。もしかしたら、私、レベッカに無理をさせてたのかもしれません…」
「……どうだろうな」

リヴァイもバーテンダーの話からは違和感を覚える。母親から聞いた話やサークルメンバーから聞いた話とは人物像が一致しないのだ。ロングアイランドアイスティーを飲むリヴァイを名前はそっと横目で見る。きっとリヴァイは名前の何倍もの情報を持ち、何倍もの考えを持っているのだろう。空気を察してバーテンダーは他の接客に回った。名前はカウンターの中に置いてある小さな鏡に映る自分を見つめる。なんと無力なんだろう。

「っ……」

名前の視線は鏡に釘付けになった。鏡に映るのは名前と、リヴァイ。だが、リヴァイと反対側の名前の隣の席にはレベッカがいた。慌てて隣の席を見るが当たり前だが誰もいない。冷水を背中に浴びせられたような感覚に陥った名前は震える指先でカクテルグラスを抑えた。隣の椅子が軋む。様子のおかしい名前の肩をリヴァイは掴んだ。

「たすけて」

小さな声が聞こえた。名前はリヴァイの服を思わず掴む。様子のおかしくなった名前にリヴァイは首を傾げた。ノンアルコールのはずだが間違ってアルコールが入っていたのだろうか。

「リヴァイさん、レベッカはもしかしたら私に伝えたいことがあるのかもしれません」

名前は顔を上げる。強い決意が浮かんだ目にリヴァイは話を聞こうと思った。ジャンとの会話を聞いているときに出た名前の秘密。きっとその箱が開くのだろう。リヴァイが頼んだニコラシカを彼女は無言で奪い、飲み干した。

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