リヴァイは以前訪れたバスケットボールサークルの部室の前で思案していた。中には誰もいないようだ。今日はサークル活動がないのか、それとも現在別の場所で活動をしているのか。以前来た時に連絡先を聞いておくべきだったとリヴァイは後悔した。平日の夕方だから誰かしらいるだろうと思ったが当てが外れたようだ。念のため練習しているかもしれない体育館を見てから帰ろうと決めたリヴァイは学事館でみた地図を思い出しながら体育館に向かった。
「あ、興信所の……」
「部室に居なかったから体育館を見に来ただけだ。当たりだったようだが」
「あと三十分で練習は終わります。それまで待っていただけますか?」
「あぁ。いや、名前に話が聞きたい」
「彼女だけでいいんですか?」
「構わない」
マネージャーらしいアルミンはポロシャツにジーンズという格好でスポーツドリンクのタンクを持っていた。アルミンは後ろを振り返る。体育館のなかからはバスケットボールの跳ねる音とエレン達の怒号が聞こえてきている。
「よかったら中に入って見ていってください。暇つぶしになるかはわかりませんけど」
「そうさせてもらおう」
ボールの跳ねるやや粘着質な音が聞こえてくる体育館へ入り、入り口の近くの壁にもたれ掛かって練習を眺めた。コート内のメンバーはリヴァイに気がついたようだが彼が構うなとジェスチャーで告げるとすぐに練習に戻った。ジャンは時計を見、リヴァイを見る。幸運なことかどうかはわからないが、名前は今、体育館には居ない。リヴァイがくる十分くらい前に生協に買い物をしに行ってしまった。今は名前をそっとしておいて欲しい。ジャンは1on1の相手であるマルコから奪ったボールを指で回した。
「マルコ、悪いがちょっと席を外す。なんか言われたら飲み物を買いに行ったとでも言っておいてくれ」
「オッケー。わかったよ」
「悪いな」
ジャンはコートの奥に置いてある私物の鞄から財布を取り出し、リヴァイに会釈しながら体育館を出た。体育館の入り口のすぐ横の自販機に見向きもせず、生協への道の奥へと目を凝らす。体育館の入り口と生協への道をちらちらとジャンは見る。
「あれ?ジャンどうしたの?」
「ん!?お前…」
名前は生協からの道ではなく、駐車場からの道から現れた。キョロキョロするジャンに名前は首を傾げる。ジャンは名前を体育館の横の休憩室の前まで引っ張っていった。
「今、興信所のリヴァイさんが来ている」
「……」
「お前、大丈夫か?」
リヴァイの名前を聞いて名前は表情を暗くした。やはり合わせないほうがいいのだろう。だが、今から名前が突然に帰るのは不自然だ。名前は購入してきたミネラルウォーターを抱える。
「……大丈夫だよ。それに、リヴァイさんなら本当のことを言ってもいいかなって思ってる」
「は?」
「わかってくれる気がするんだ。きっとあの人はちゃんと人の話を聞いてくれる人だよ」
「また傷つくのはお前だぞ。それに、レベッカのことで疑われるのも間違いない。お前それでもいいのかよ」
「その時は、まあ……その時だよ」
「……もう慰めてやらねーぞ」
ジャンはぶっきらぼうに言った。周りの友人に見えないものを見たと言い張り、嘘つき呼ばわりされてイジメられていた名前を助けてきたのはジャンだ。小学校高学年に入ってからは空気を読み周りに合わせることを学んでいたが、それでも昔の彼女を知っているクラスメイトの距離はあまり近くならなかった。それは地元の中学校に入ってもそうだ。変わった子のレッテルを貼られた名前は友人関係にさほど恵まれてはいなかった。
「お前が高校受験をするときに言ったよな。もう俺はフォロー出来ねェぞ、って」
「うん。大丈夫。世渡りは上手くなったはずだよ。ちゃんと普通の人を演じられてるでしょ?」
「そうだな。だから、俺は余計なことを言わないほうがいいって忠告をしているんだ」
「……私もちゃんと考えたよ。私、ずっと自分が嫌いだったけど、この力を今ならちゃんと使えるんじゃないかなって思ったの。レベッカはまだ私の前に現れてくれている。きっと何か伝えたいことがあるのよ。私はそれを知りたい。そのためにならリヴァイさんにも喜んで協力する」
高校という新しい環境、自分を知らない人たちと一から人間環境を作り上げていく環境で名前は変わった。見える、聞こえることを一切口にせず、さも普通の女の子のように振舞っていた。それをジャンは奇妙に思ってしまったこともあった。幽霊が見えても無視するのよ、と名前は笑っていっていた。何かを我慢するような名前が、ジャンは心配だったのだ。
「名前、本当にいいんだな」
「大丈夫だよ。ジャン」
名前とジャンは気がついていなかった。二人からそう離れていない場所にリヴァイとアルミンが立っていたことに。リヴァイは口の前に人差し指を立ててアルミンを制していた。二人の会話の内容はよく分からなかった。しかし、名前がレベッカについて何か知っているのは間違いない。リヴァイの勘は間違っていなかった。確信を胸にリヴァイは二人に向かって歩き出す。アルミンはリヴァイを止めることができなかった。