02

 
乾いた砂を素足で踏み歩く感触も、湿った砂に足跡をつける行動も、名前にとっては初めてであった。名前の足を濡らす波が押し寄せて、引いて行く。臆することもなく水際でぴちゃぴちゃと遊ぶ名前の手を海中に足を踏み入れたリヴァイはゆっくりと引いた。名前はその勢いに引き寄せられるかのようにリヴァイに抱きつく。急な衝撃に驚いたもののリヴァイが体勢を崩すことはなかった。

「海は怖いんじゃなかったのか?」
「思っていたものと違いました!だってドラマの海はもっと濃いくすんだ青でしたし。ここの海はとっても奇麗!海中の砂がちゃんと見えるので安心です」
「じゃあもう少し深く入ってみるか。塩水だから飲むなよ」
「塩水……どうして?」
「さあな」

腰ほどまで海水に浸かると、名前も不安になったのか、リヴァイの腕を掴んだ。まだしばらく足は着く深さだろう。だが、パニックになってしまえばどんな浅瀬でさえ溺れてしまう。リヴァイもこれ以上沖へは進むことはなかった。流されそうになる体を抵抗させる感覚に名前は笑う。

「あ、魚がいますよ」
「いるだろうな」
「小さい……捕まえられるかな」
「やめておけ。転ぶぞ」

リヴァイの腕から手を離そうとした名前をリヴァイは止めた。名前は魚を目で追うだけでとどめた。捕まえられる気がするのだ。まあ捕まえたところで何をするわけでもないのだが。手で水面を掻きながら沖の方へ進む名前をリヴァイは心配そうに見守りながら後を追った。彼女の体から手を離したものの、いつでも支えられるように気を配っている。その姿は恋人というより親子だった。名前がくるりと振り返り、項の位置で結んだ髪が弧を書いて肩を叩いた。

「リヴァイさん!連れてきてくれてありがとうございます」
「ああ」
「海がこんなに気持ちよくて奇麗な場所だって知れてよかったです。どこまでも繋がっているんですよね。地球っていう惑星のなかに私たちが居るんだって教えてくれた時、信じられなかったですけど、今なんとなく分かった気がしています」
「ここには壁もない。宇宙にこそでられないが、この世界ならどこへでも連れて行ってやる」

名前が自分の後ろ向きで歩くのが心配なリヴァイはついつい手をのばす。名前はリヴァイの手を勢いよく引いた。海中に入る時にリヴァイが名前の手を引いた何倍もの強さで体を引っ張られ、リヴァイは倒れ込む。名前も同じように背中から海中に倒れ込んだ。

「うわっ。びっくりした!」
「びっくりしたのはこっちだ馬鹿野郎。危ねえことするんじゃねーよ。肝が冷えた」
「リヴァイさんの驚いた顔久しぶりに見ました」
「度胸があることは評価しよう」

きゃきゃっとはしゃぐ名前にリヴァイは悪態をついた。口のなかが塩辛い。それは名前も同じのようでしょっぱいと連呼していた。髪までぐっしょりぬれてしまったじゃないか。額にへばりつく前髪を掻き揚げ、名前の額をぺちんと叩いた。

「海には人間を食う魚もいる。あまり悪さすると食われるぞ」
「えっ!?人を食べる魚ですか……?」
「あとで図鑑を買ってやる。存分に調べろ」

これで日中の名前の退屈も少なくなるだろうとリヴァイは思った。日頃寂しい思いをしているだろうからこうして休日にかまっているのだ。そう考え、あながち名前は退屈していないのかもしれないとも思った。かまってほしいのは自分か。なんとなしに腹が立ったリヴァイは海中に潜り、名前の足を下から持ち上げ、放るように落とした。情けない悲鳴をと盛大な水しぶきを挙げて海の中へと落ちた名前を捕まえて抱える。

「びっくりしたじゃないですか!!!!」

目をつぶる暇もなく落とされた海中では砂浜と青い水だけが見えた。リヴァイの胸板をばしばしと叩く名前にリヴァイは抱きかかえていた腕を放すような仕草をする。落とされまいとしがみつく彼女の姿は滑稽で、愛おしかった。

「プールで泳ぎを教えてやる。泳ぎたいだろう?」
「……はい」

名前は照れたようにそっぽを向いた。ドラマのせいですっかり海は怖いものだと思い込んでいた。一人で海に入るのは恐ろしいが、リヴァイがいればそんな不安は無い。ゆっくりとリヴァイは名前を下し、名前は砂に足を沈めた。まだまだ体力は有り余っている。もう少しだけ深いところに行っても大丈夫だろう。そう思い、沖に向かって一歩踏み出した名前は砂の段差に足をとられ盛大にダイブした。





「………おいグズ。何をしている」
「こ、転びました……」
「俺はお前が水に慣れていると言ったから魚の調達をまかせたんだがな」

川底の石に滑り、勢い良く転んだ名前にリヴァイはあきれた目を向けた。腕を掴んで立たせてやった名前は全身びしょ濡れだ。川魚を捕まえるためにズボンを膝上までまくり上げていたというのに、服が濡れないようにとやった配慮は一瞬で無に返った。名前一人が濡れるならばまだいい。彼女が起こした水しぶきはすぐ近くで同じように魚を狙っていた兵士長にかかり、彼も腹の辺りから服を水で濡らしていた。

「いてて……」
「ぼんやりしているからだ。お前のせいで魚も逃げちまった」
「すみません。まさかこんなにつるつるしているとは」
「何を意味のわからないことを言っている。名前よ、お前はもっとバランス能力を鍛えるべきだな。喜べ、俺が直々に指導してやる」

リヴァイの言葉に名前の頬は引きつった。怒っている。水をかけられたことに酷く怒っているようだ。濡れた服が体に張り付くのは酷く気持ち悪い。名前が壁の中に戻ってきて三ヶ月。名前の日記がリヴァイに読まれていることも、彼女はまだ知らない。

番外編END

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