01

番外編
 
名前は好んでドラマを見る。彼女曰く、楽しんでこの世界のルールが学べるからだという。この国の人々の服装だとか、職業だとか。リヴァイにしても家電の説明を省けるため、有り難かった。ソファーで足を抱えてテレビに釘付けになっている名前が小さく声を上げた。その声にリヴァイは新聞を読む手を止めて彼女がいるソファーに足を運び、真ん中に陣取る彼女を端に押しやり、リヴァイもソファーに座ってテレビを見た。ショッキングな映像が流れたのかと思えばただのドラマだ。

「……お前このドラマ好きだな」
「どうしましょうリヴァイさん。私もうお風呂は入れそうにありません」
「風呂で溺れることなんざ滅多にない。まあ、酒を飲んだ後は入らないことを推奨するが」
「リヴァイさんって泳げるんですか?」
「ああ。お前は泳げないのか?」
「そんな訓練受けていませんから。水といっても川とか湖しかありませんし、滅多に近くに行きませんし……プールも海もありませんから」
「行くか」
「え?」
「海だ。泳ぎたいんだろ?」
「私、泳げませんって」

名前が夢中になって見ているテレビ画面では、海で溺れた少女とその少女を助けようとして溺れた父親の救命活動が行われている。名前は足を抱える手に力を込めて固唾をのんで救命活動を見守っている。邪魔をするのも悪いと思ったリヴァイはコマーシャルに入るまでは話しかけるのをやめておこうと新聞を広げた。CMに入るや否やリヴァイは再び新聞を半分に畳んだ。

「今月末の三連休に連れて行ってやる。土曜日は水着を買いに行くぞ」
「泳げませんって。溺れさせる気ですか」
「浮き輪があるだろ。泳ぎなら教えてやる」
「……」

名前は浮かない顔をする。好奇心旺盛な名前の事だから喜ぶと思っていたリヴァイにとって予想外だった。言葉を濁す名前は再びコマーシャル明けのドラマに夢中になる。先ほどまで聞き流すだけできちんと見ていなかったリヴァイだが、きちんとその内容を把握すると名前が渋っていた単純な理由が分かった。

「海も滅多に溺れるものじゃない」
「でもお風呂で溺れる確率より高いですよね。波もあるし広い分生存確率も低そうですし」
「……泳がなくていいから海を見に行くか」
「それなら行きたいです」

名前はテレビ画面に向けていた目をリヴァイに向けた。その瞳は先ほどとは違い明るげだ。名前は足を抱えるのをやめ、クッションを抱えた。ドラマはやはりハッピーエンドで終わる。ふぁあと大きく欠伸をして腕を大きく上にのばす。リヴァイはがら空きになった胸元に頭を寄せた。名前はリヴァイの頭を抱き込んだ。

「…リヴァイさんお疲れなんですね」
「仕事が多くてな」
「リヴァイさんが一生懸命働いてくれているお陰で私はここで生活できているんです。リヴァイさんの疲れを癒せるようなことができるなら、ぜひともしますよ」
「海に行くぞ。水着も買ってやるから少し遊べ」
「はいはい」

この言葉の通り、月末の三連休の初日を使ってリヴァイは名前に水着を買い与え、翌日には名前を連れて県外の海へと向かった。夏も終わりを迎えているが、月末の連休とあって人は多い。リヴァイはホテルのチェックインを先に済ませる事にした。部屋からは海がよく見える。初めて見る海に名前は落ち着かないようだ。ベランダから砂浜にいる人々に目を凝らし、青を中心として波打つたびに色が変わる海に感動の声をあげた。

「名前。水着に着替えてこい。日焼け止めの塗り直しもしておけ」
「はーい」

持ってきた鞄の中から名前は水着をとりだした。白地の生地に大柄なオレンジのハイビスカスが描かれたパレオ付きビキニは水着ショップを四店も廻って見つけたものだ。下着のようで恥ずかしかったが、先ほど見た女性達も同じような水着を着ていた。最初はリヴァイに騙されたのかと思っていたが、そうではなかったようだ。リヴァイさんもおっさんだからな、と心の中で呟く。

「リヴァイさん。日焼け止めを塗ってください。背中が届きません」
「持って来い」

名前はリヴァイに日焼け止めを渡した。リヴァイは手に日焼け止めのクリームを広げ、髪を持ち上げる名前のうなじを見ながらその背に塗りたくった。腕を上げているせいか僧帽筋や広背筋が浮き出ている。鍛え上げられた体に水着はよく似合っていた。塗り終わったぞ、と合図をしてやると名前は礼を言う。

「リヴァイさんにも塗ってあげましょうか?」
「じゃあ塗ってもらおうか」

名前はリヴァイの手から日焼け止めを受け取り、彼の背に廻った。がっしりとした背中に口もとが緩んでしまう。リヴァイがしたように名前も手のひら全体を使って背中にクリームを塗り、塗り終わったあと、リヴァイの背中に抱きついた。

「おまっ……びっくりしたじゃねえか」
「うふふっ。テンションあがっちゃってるんです」
「見りゃわかる。楽しむのはいいが、絶対に一人で行動するなよ」

リヴァイは首に回された名前の腕を左手で軽く掴んだ。リヴァイの側にある机からボールペンを取った彼は、名前の後肘部にリヴァイの携帯番号を書いた。もしもはぐれた場合、誰かから電話を借りてここにかけるよう言いつけた。男に絡まれたらはり倒していいとも言った。

「逸れないよう捕まっておくんで大丈夫です」
「ならいいがな」

足取りの軽い名前に引きずられるようにしてリヴァイはホテルの部屋をでた。互いに水着姿にパーカーである。ホテルを出るなり水際まで駆け出して行った名前に、逸れないようにすると言ったのはどこの口から出た言葉かとリヴァイはあきれてみせた。

prev next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -