名前が買った宝くじは二十枚。そのうち四枚を当てた。当たらない、当たらないからやめておけと忠告していたリヴァイは名前の思いがけない強運に目を剥いた。パソコンの画面と名前の持つくじを何度見比べても結果は変わらない。驚喜する彼女はリヴァイに抱きついていた。きゃっきゃと笑う。
「私、運だけはいいんですよ」
「七等二枚と五等二枚か……」
「いくらですか?」
「二万三千六百円だ」
「おお」
六千円が四倍に化けたものだ。ぐぅと名前の腹が鳴り、リヴァイは笑った。夕飯はステーキにしよう。冷凍肉だが、ステーキには変わらない。名前は喜ぶに違いない。夕飯の支度をするリヴァイと机の上を拭く名前。肉の焼ける脂の匂いに名前のテンションはますます上がる。ポテトフライとステーキにフランスパンを運んだリヴァイ。もうナイフとフォークを持った名前は挨拶のあと早々にステーキにかぶりついた。
「リヴァイさん、明日はお休みですか?」
「ああ。換金に連れてってやる」
「お買い物にも行きたいです」
ミディアムウェルに焼いた肉は名前の顔を緩ませる。リヴァイ特製のソースを肉の上に垂らし、ひとおもいにかぶりつく。数分で平らげた名前は幸せそうな顔をしたまま洗い物を始めた。ネクタイを緩め、部屋着に着替えたリヴァイはソファーに座り、適当にチャンネルを合わせる。ニュースと天気予報を見た後、名前が最近見ている医療もののドラマでチャンネルを止めた。濡れた手をエプロンで拭いながら名前もリヴァイの隣に腰を降ろす。
「ここの医療技術はすすんでいます」
「だろうな」
「私達のは医療なんて呼べません。化学もなにもない世界なので」
「……」
「一度意識をなくせばもう助からないんですよ。このドラマみたいに輸血なんてできません」
画面の中ではドクターヘリが現場に駆けつけて応急処置をしている。彼らが持つ鞄の中には様々な医療器具ガならび、すぐに点滴と輸血が実行された。挿管がされ、人工呼吸によって酸素が十分に与えられた。リヴァイは隣の名前を視界に収めたまま何も言えなかった。
「壁外調査では現場の処置なんてできません」
「そうか……」
「死ばっかりでした。なので、このドラマは好きです。みんな助かる」
「…ドラマだからだろ。実際の医療現場はこう上手くはいかない」
「そうですよね……」
ドクターヘリで病院に移送され、手術室へと運ばれる。様々な医療器具が患者の回りを囲み、医師やナースが電子器具を見ながら的確な処置を施している。名前は前かがみになるようにテレビに集中していた。CMになると背もたれにもたれ掛かる。
「壁内の医療はどんな感じなんだ?」
「薬の処方のみです。あとは固定等ですね。手術なんてありません。感染病にかかったら、隔離しか処置はしません」
「……」
CMがあけると名前は再び前傾姿勢でテレビに熱中した。彼女の背中の中程まで伸びている髪に手を伸ばし、掬い上げる。リヴァイが買ったシャンプーを愛用しているせいか、日に焼けて傷んでいた髪も、大分しっとりとまとまってきた。触り心地もいい。ふと、名前の前髪に手を伸ばした。
「リヴァイさん。テレビが見にくいです」
「お前、ちょっとこっち向け」
「もうちょっとなんで…」
親子感動の再会のシーンで涙ぐむ名前の肩を引き寄せるようにして顔を向けさせた。反動でぽろりと涙が落ちる。リヴァイの視線は涙ではなく眉のあたりで切りそろえられている前髪で止まった。ドラマのエンディングが流れる。
「髪、自分で切っているのか?」
「いいえ?」
「…伸びないな」
前髪は伸びるのが早い。名前がここに住むようになって二ヶ月が経とうとしている。彼女の前髪は全くと言っていいほど変化していなかった。名前の手をとり爪を見る。リヴァイが切りそろえたのは随分前だ。だが、伸びていない。
「聞くのもなんだが、お前、月のものは?」
「……きてません」
「そうか」
「たぶん、環境が変わったせいだと…」
そんなわけないと名前も分かっている。押し黙った名前にリヴァイは再び毛先を眺めた。どうやら彼女の身体の時間は止まっているようだ。の割には風邪を引いたり空腹を訴えたり、筋肉の衰えを嘆いたりしている。どうなっているのか。
「次のドラマも見るんだろう?」
「…見ます」
次は刑事物だ。若い女刑事が四苦八苦して成長していくドラマ。よくあるテーマだ。自分の正義を貫き通し、周りから阻まれる。だが、それでもめげない。見ていて痛々しくなるドラマだったが、名前は爽快そうに見ていた。
「私達も鼻つまみ者ですから」
「…少数派はどうしたってそうなる」
「巨人についてもっと調査する必要が出てきた今でさえ、壁外から戻ってくると罵られるんです」
「壁の中がいつまでも安全だとわかっていないからだろう」
「心の中ではわかっていたと思いますよ。でも、それを認めるのがなによりも怖いんですよ。もう逃げ場所なんてないんですから」
名前は淡々と喋る。リヴァイには想像もできない。だが、名前の掌が現実を語っていた。いくらハンドクリームを塗りこんでも、堅いタコは消えない。髪を耳にかける名前の細い指にリヴァイは目を細めた。