09

 
家にいる名前ができることは少ない。なので、彼女が家出していることはもっぱら掃除と筋肉トレーニングだった。掃除機は音がうるさく苦手なため、雑巾とはたき、クイックルワイパーを駆使して家を磨き上げる。確実に綺麗になっている家にリヴァイも文句はないようだった。

「今日はお仕事ないんですね」
「ああ」
「なにかすることはありますか?」
「ない」

土曜日のため朝からずっと家にいるリヴァイに名前はどうしていいのかわからなかった。紅茶を飲みながら新聞をめくるリヴァイは名前などいないかのように集中している。邪魔をしては悪いと思った名前はリヴァイの視界に入らない所で腹筋を始めた。ここにきてから立体機動は一度も使っていない。確実に技術は衰えているだろう。ヘタすれば壁外調査で死ぬかもしれない。

「名前、昼飯のリクエストはあるか?」
「ありません!」
「……着替えろ。買い物に行く」

リヴァイの声に名前は立ち上がった。外に連れて行ってくれるのだという。リヴァイの気が変わらないうちにと着替え、玄関で待機した。散歩に連れて行ってくれるのを待つ犬。財布をポケットにねじ込み、名前を連れて近所のスーパーに行くことにした。

「カートを押してくれ」
「了解しました」

名前がカートを押し、リヴァイがそこにぽんぽんと食料などを入れていく。精肉コーナーで名前の目が輝いた。お買い得品とシールが貼られたステーキ肉を三つほどかごにいれる。冷凍しておけばいい。パスタのソースを買い、パンを買い、最後にお菓子コーナーに足を運んだ。

「欲しいものあるか?」
「何がどういったものなのかわからないので…」

硬いパンと溶けた野菜のスープが毎日の食事であった名前にとってクッキーなんて見たこともないものだ。リヴァイは焼き菓子の詰め合わせをかごにいれた。会計を済ませ、買ったものは配送で届けてもらうよう頼む。パスタとソースだけ名前に持たせ、スーパーを出た。

「お昼はパスタですね」
「ミートソースだ」
「大好きです」

ひき肉の入ったソースがたまらなく美味しい。ミートソースだけでここまで上機嫌になれる彼女をリヴァイは微笑ましく思う。以前ステーキを焼いたら発狂せんばかりに喜んでいた。今日は以前より分厚いステーキだ。

車道へ寄りそうになる名前の肘を引き、歩道のなかにいれる。名前は信号もわからない。よそ見すると危ないのだ。名前の目が一人の男で止まる。

「ランニングしているんだろう」
「いいなあ…」

ぽつりと漏らした彼女にリヴァイは眉間の皺を濃くした。名前に悪気があったわけではない。しかし、リヴァイが部屋からあまり出さないのも事実だ。

「走りたいのか?」
「いいえ。懐かしくて」

よく訓練に寝坊して午前中ずっと走らされたんですよと口を尖らせて名前はぼやく。走らせてやりたいが、マンションの周りは車の通行もおおく、危険だ。家にランニングマシーンなどない。そこでリヴァイは思いついた。

「明日好きなだけ走らせてやる」
「え?」

学生の頃通っていたジムが駅前にあったはずだ。そこに名前を連れて行ってやろう。リヴァイ自身も最近はまともな運動をしていない。ちょうどいいだろう。遠慮がちに頷く名前は体を効果的に鍛えるための機械がそろった施設だと聞いて期待に胸をふくらませた。

「延々と走り続けられる機械なんてあるんですか!」
「地面になる部分が回転するからな。好きな早さに調節もできる」
「想像できませんが…すごいですね」

洗面所で手を洗い、うがいをし、リヴァイがいるキッチンへ移動した名前はランニングマシーンやチェストプレス、ハイスクワット。インターネットを使って器具の使い方と効果を調べておいたほうがいいだろう。茹で上がったパスタを湯切りし、皿に盛り付けソースをかける。ソーセージの焼き加減を見ておくよう言われた名前はいい感じに焼き目がついたソーセージに唾を飲み込んだ。

「冷蔵庫からレモン汁とマスタードを取ってくれ」
「はい」

冷蔵庫を開けて、中身を探る。レモン汁は直ぐに見つかった。だがマスタードがどれであったか思い出せない。唸る名前にリヴァイは一番上だ、と知らせた。この瓶だろう。之ですか?と言う名前に頷いてみせた。

「おいしそうです」
「今夜も肉だ。喜べ」
「え!」

こちらの食生活は豊かなのだと教えても、どことなく遠慮していた名前だが、最近は素直にそれを享受するようになっていた。お代わりもする。自分が作ったものを本当に美味しそうに食べる名前にリヴァイも上機嫌になる。気持ちが良いものだ。

「名前よ。お前随分血色が良くなったな」
「そうですか?」
「健康的になった」
「リヴァイさんが豪華な食事と安眠を用意してくださているからですよ」

初めこそストレスで体調を崩していたものの、最近では慣れたのか規則正しく健康的な生活を遅れている。毎日三食用意され、暇な時間は室内で運動し、夜はあたたかい布団で眠りにつく。巨人がいない今、戦う必要もなく、命の危険もない。

「本当に幸せな世界です。ここは」
「そうか……」
「生まれ変わったら、ここの世界で過ごしたいです」

ああ、名前は元の世界に戻る気でいるのだな、といまさらのことをリヴァイは思い知った。名前が日常に溶け込みすぎているのだ。名前がいることでリヴァイの生活は確かに変化した。毎日三食の食事を摂るようになり、帰宅は早くなった。家に他人がいることにも慣れて、前の生活が思い出せなくなっている。だが、名前はいつか元の世界に帰るのだ。其れは少し寂しいかもしれない、と思った。

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