08

 
エルヴィンとリヴァイはカフェテリアの隅の席でハンジを待っていた。弁当を広げる姿は既婚男性のものだが、生憎二人共独身である。出世街道を驀進する二人を狙う女性は多いが、今のところなにか起きそうな予兆は全くない。地位と性格も相まって、まさしく鉄壁のガードである。

「そういえばリヴァイ、猫はどうだい?」
「あ?ああ。もうすっかり元気になった。大人しいもんだ」
「疲れがとれたような顔をしているから癒やされているんだとは思っていたよ…アニマルセラピーは本当に効くらしい」
「まあな。肩の疲れも随分マシになった」

二日置きに名前がマッサージしていることもあってリヴァイの肩こりはずいぶんマシになっていた。名前のマッサージか、あるいは入浴剤のおかげか。バスタブにもらいものの入浴剤を入れてみたら名前が随分喜んでいたため、それから毎日のように入浴剤を入れている。

「あまり残業もしなくなったしな」
「悪いか」
「まさか。健康的だと喜んでいるんだよ」

ハンジの姿が見え、エルヴィンは手を上げた。ハンジの部下のモブリットが頭を下げて同席する。ラーメンをすするハンジは何の話?と首を傾げた。エルヴィンが猫の話だというと一層首をかしげる。いい年した男二人が猫の話?リヴァイはハンジの足を軽く蹴った。

「いい加減見たいよ!写真ないの?」
「ねェな」
「えーじゃあ今度直接見に行こうっと」
「ふざけんな。まずその身なりをしっかりしろ。お前それでも本当に女か」
「いいんだよ。どうせ結婚の予定もないし」

適齢期過ぎそうだしね、とハンジは笑う。黙っていれば美人なのに、しゃべりだすと研究のことばかりだ。食事の最中に動物実験について語られたくはない。リヴァイは早々に食事を切り上げようとした。ハンジの口からまさか結婚という言葉がでてくるとは。ハンジにお見合いの話はたびたび来ているものの、彼女は会うまでもなく全て断ってしまっている。結婚願望がないのは明確だった。

「リヴァイもいい人見つけなよ」
「余計なお世話だ」
「エルヴィンは困らなそうだもんねー」
「どうしてだい?」

マンションの女の子がどうのこうのとハンジは語りだす。エルヴィンが今食べているお弁当の作り手のことを言っているようだ。ぺらぺらとハンジの口は回る、回る。リヴァイは目の前のハンジを眺めながら午後の業務のことを考えていた。帰るのは少し遅くなりそうだ。まあ、小腹が空いたら果物でも勝手につまむだろう。そう思ったリヴァイが時計を見ると午後九時を過ぎたところだった。慌てて立ち上がると回転椅子がくるくると回る。

「次長?どうされましたか?」
「あ…いや、なんでもない」

集中するあまりあっという間に時間が経っていたようだ。立ち上がって時計を凝視するリヴァイに同じく残業していた名前が声を掛ける。同じ空間に、視界の中に名前が居たためすっかり失念していた。座り直し、書類とパソコンを片付けた。

「お前もそろそろ切り上げろよ」
「はい…次長」
「あ?」
「よろしければご飯どうですか?」
「………悪い、またの機会に誘ってくれ」

ジャケットを羽織ってリヴァイは早々にフロアから出た。電話に出ないよう言いつけたのが裏目にでているようだ。特急が来るのが二本後と分かり、舌打ちをする。どうしてこういう時に限って電車がこないのか。駅から早歩きで帰り、玄関を開けたリヴァイは驚いた。

「何って面だ…いや、悪かった」
「へ、兵長……」

玄関から直ぐ側の廊下にしょぼくれて座る名前の顔を見た。玄関マットで靴の汚れを落とし、スリッパに履き替える。よろよろと立ち上がった名前がおかえりなさい…と小さな声で言った。ジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩める。腹が空いているだろうと思い、パンとジャムをテーブルに置いた。いそいそと椅子に座った彼女は早速パンに手を伸ばした。

「スープでも作る。もう少しだけ待ってろ」
「了解です!」

角切り野菜の冷凍食品を電子レンジで解凍し、ウインナーを一口サイズに切ってオリーブオイルで炒める。そこに解凍した野菜を入れ、トマト缶を開ける。固形コンソメも入れ、少し煮込んだ所で塩コショウをふり、器によそった。名前の待つ食卓に運び、スプーンを渡す。

「むっ。ミネストローネですね」
「ああ。遅くなって悪かった」
「いえ……」

先ほどの顔を思い出してリヴァイは罪悪感が胸に宿った。名前の表情は暗い。単に腹が空いているからかと思ったが、そうではないらしい。名前はリヴァイの顔をちらちらと見ながらぐるぐるとミネストローネを意味なくかき混ぜる。

「心配かけたみたいだな」
「こちらこそ…」

名前が帰ってきたリヴァイに向けた目には、心配していたと痛いほどに伝えてきていた。帰宅が遅くなったぐらいで大げさな、と思ったものの、彼女が本来過ごしていた世界のことを思い出し、なんとも言えなくなった。あまり自分の過去の話をしない名前であったが、そろそろきちんと聞きたいとリヴァイは思った。

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