インフルエンザが流行る季節でもないし、恐らく環境の違いからくるストレスだろう。そうリヴァイは判断した。どうやら彼女はここ数日ろくな睡眠をとれていなかったようだし、食事も前とは大幅に変わり、体が慣れなかったのだろう。高熱を出して横になっている名前の額に冷えピタを貼り付けたリヴァイはマスクの下で顔を顰めた。面倒事が増えた。
「すみません……」
「悪いと思っているならちゃんと休め」
保険証がない彼女を病院に連れて行っては高額な医療費が掛かる。とりあえず市販の薬を買ってきたリヴァイは食欲がないという彼女のために野菜スープを作った。飲みやすいように野菜は煮込みに煮込んである。差し出されたそれを飲み干した名前に水と子供用のかぜ薬を渡す。彼女がしっかり飲んだのを見届けてから再び寝るように促した。そして体温計を渡す。
「つ、使い方がわかりません…」
「こっちを脇の下に挟め」
指示道理に動いた名前だったが、違和感があるらしく落ち着かない様子だった。ぴぴぴぴっと音がなり、名前の体がびくりと跳ねる。渡された体温計には38.1と数字が表示されていた。これは辛いだろう。
「関節は痛くないか?」
「……痛いです」
「湿布を貼ったほうがいいだろう」
リヴァイは救急箱の中から湿布を取り出し、名前に渡した。痛いところに貼るよう言われたが、もう全身が痛い。起き上がるのもつらそうな名前にリヴァイは待ったをかけた。仕方ない。
「うつ伏せになれ」
「?」
ごろん、と体を半回転させて名前はうつ伏せになった。彼女が来ているのはリヴァイのジャージ。ズボンをまくり、膝裏とふくらはぎに湿布をはりつけた。ひやりとした感覚に名前が震える。上のジャージも捲られるのを感じたが、名前にはどうすることもできなかった。腰と背中、肩に貼られる。
「もういいぞ」
「あ、りがとうございます」
ぐったりとした名前は仰向けになって布団を目の下まで引き上げた。心なしか楽になった気もする。一方リヴァイは鍛え上げられた名前の身体に感嘆していた。特に足の筋肉は綺麗なものだった。体力もありそうだし、薬が効けば明日には熱も下がるだろう。リヴァイは部屋の明かりを消した。自室にて上司であるエルヴィンに明日は半休にしてほしい旨のメールを飛ばした。すると着信が来た。
「大丈夫かリヴァイ」
「風引いたのは俺じゃねェ。猫だ」
「……」
「午前の会議には出る」
「わかった」
呆れたようなエルヴィンはリヴァイの我儘を承知した。丁度、エレベーター前の共用スペースに来ていたハンジが何か会ったのかと首を傾げた。通話している相手がリヴァイだとわかると、代わってーと手を伸ばす。スマートフォンをハンジに渡したエルヴィンはハンジが持ってきた本に手を伸ばした。
「えー見たいよー。いいじゃん減るもんじゃないし。なんならラットの差し入れするよ?」
「冗談だって!でも大丈夫なの?病院連れてった?」
「ふーん。てか猫って風邪引くんだ」
「ああ、なるほどストレスねえ……リヴァイが神経質だから余計参っちゃったんじゃない?」
「猫って構いすぎるのもストレスらしいからね」
ハンジが持ってきた本は新書ではなく小説だった。最近やっている映画の原作らしい。帯に映画化!と書いてある。スマートフォン片手にケラケラと笑うハンジがこういった恋愛小説を呼んでいるとは意外だ。通話が終わったらしくエルヴィンのもとにスマートフォンが返ってきた。
「リヴァイもう猫にメロメロじゃん」
「独り身で寂しいんだろう」
「なんで見せてくれないんだろー」
「さあな」
ハンジに小説を返したエルヴィンは立ち上がり自室に戻った。具合の悪い猫が心配だから半休にしてくれ、なんてどんな顔をして言っていたのだろう。長い付き合いだが全く想像できなかった。
紅茶でも飲もうと自室をでたリヴァイは名前を踏まないよう気をつけながらキッチンに立った。ティファール湯沸し器の電源を入れ、紅茶の茶葉を取り出す。名前が寝返りを打ち、リヴァイを眺めた。
「眠れないのか」
「はい…」
「明日は半休を貰った。午前は居ないが大丈夫か?」
「すみません」
鼻声で名前はリヴァイに謝った。紅茶を入れたリヴァイは名前の枕元に腰を下ろす。上から見下された名前は涙で滲む目を細めた。
「兵長…」
「なんだ」
高熱のせいか関節の痛みのせいか涙を拭う名前の手をリヴァイはとった。熱い。リヴァイの手を両手で包むようにして抱き込んだ名前はそのまま目を閉じた。兵長兵長と繰り返す名前を好きなようにさせていた。そしてある確信を得る。恐らく名前にとって兵長、はとても重要な人物だったのだろう。
「何の因果で来ちまったんだろうな」
名前の中でリヴァイと兵長の区別はついているのだろうか。たまにわからなくなる。名前の胸に抱えられた手を抜くこともできず、結局リヴァイは名前の側で夜を明かした。