ジャンが小さくくしゃみをしたのを見て、ライナーは彼を大部屋に連れて行こうとベルトルトに提案した。ベルトルトが返事をする前にライナーは給湯室に行ってしまう。どうやら許可がおりたようだ。ジャンを軽くゆすり、大部屋に行くように促す。ライナーとジャンが大部屋に行ってしまった。
「今行ってもベッドとかあるのかな?」
「寝ている人は少ないと思うから足りるんじゃない?いざとなったらユミルがクリスタのベッドに移るとおもうし」
「そっか」
ベルトルトがおおきな体を小さく小さくするように膝を抱えて座り直した。名前もつられて体育座りをする。リヴァイはまだ給湯室からでてこない。漠然とした不安がずっと残っていた。ライナーが去ってからベルトルトは殆ど口を開かなかった。入り口のほうに視線を何度か飛ばしていることから考えるに、きっと彼が戻ってくるのを待っているのだろう。
「ブラウン先輩が心配なんですか?」
「えっ」
「フーバー先輩そわそわしているし…心配なのかな、と思いまして」
「え、ああ…こんな状況だからね。ライナーは強いから大丈夫って思いたくてもオルオさん達が殺されたんだ。不安にもなる」
「オルオさん達ってSATだったらしいですからね…どうして…」
「いくら体を鍛えてても深夜に襲撃されたら対応できなくても仕方ないんじゃない?それに機能は久しぶりに安心して眠れたんだ」
「…もう安心して眠れなくなりますね」
「そうだね……」
しんみりとした空気になってしまった。入り口から誰か来る。ライナーだった。驚くみなにライナーはどうした?と声を掛ける。
「サシャ達が水を欲しがっていてな。取ってくることになった」
「給湯室だね。僕も行くよ」
「おお」
身長の高い二人が並ぶとやはり威圧感が凄い。名前は大きな二人が給湯室に入っていくのを見届けた。
「自分も行きたい、って顔をしてる」
「……」
「側にいたいならいればいい。彼もきっとあなたを邪険にはしない」
ミカサがそう言うとアルミンも頷く。名前はちょっと躊躇ったあと給湯室に行くことにした。しかし入り口で立ち止まる。満員だ。元々広くはない給湯室に男性四人。しかもそのうち三人は180センチ以上の体格だ。リヴァイが小さく見えて名前は吹き出した。ばれないように入り口の横の壁によりかかり、笑いを押し殺す。出てきたライナーとベルトルトは口に手を当てて肩を震わせる名前驚いた。
「どうした?」
「いえ…二人共大部屋に行くんですか?」
「ああ。お前も来るか?」
「いいえ。私はリヴァイさんといます」
「そうか」
ペットボトルの入ったダンボールを抱えた二人はナースステーションから出て行った。名前は給湯室に入った。どうした?と問いかけるリヴァイになんでもないと首を振り、彼の寄りかかる壁に自分も寄りかかった。ちらりと伺う。給湯室の扉が閉まった。
「邪魔ですか?」
「…まあいい」
ミケと今夜をどう凌ぐか計画中だったのだが、まあいい。先ほど棚の上から出したダンボールに座った名前は口を出すこともなく二人の会話を聞いていた。それから数分後、アルミンが給湯室に入ってきた。
「少しよろしいですか?」
「ああ…」
「名字さん、ちょっとだけエレンと話してきてもらってもいいかな?」
「はい」
給湯室から出た名前は不安になった。どうして自分だけ追い出されたのだろう。疎外感はもちろん疑心暗鬼にもなってくる。もしかしたら自分がペトラたちを殺した犯人だと疑われているのかもしれない。落ち着かない名前をエレンは頭を撫でるという直接的な行為で落ち着かせようとした。
「大丈夫。アルミンはあなたを疑っていない」
結局、名前を落ち着かせたのはミカサの言葉だった。ぼさぼさになった名前の髪の毛を梳いてやり、その肩に手を乗せる。名前はミカサにしがみつくようにしてアルミンが出てくるのを待った。彼が出てくるまでの時間が長い。
「出てきた」
アルミンはなんともないような顔で名前に謝った。名前は無言で首を振った後、再びリヴァイの元へ行く。何を話していたのか聞いてもいいのだろうか。いや、アルミンは聞かれたくなさそうだった。仕方なくリヴァイに聞くことを諦めて先ほどと同じダンボールに腰を下ろした。リヴァイは何も言わなかった。
■ ■ ■
夕食の時間。具合が悪いと言っていたサシャもしっかりと参席していた。パンが配られ、今日もポットの紅茶が飲み物として出される。カップも昨日と同じ紙コップだ。名前はなるべく口を付けないようにしながら食事を終えた。だが、貴重な水分を残すのは体面が悪い。最後の一口のパンと一緒に飲み干した。みな警戒している。アルミンだって紅茶を飲んだ。大丈夫だ。
「名前、昼間は構ってやれなくて悪かった。少し話そう」
「はい」
名前は紅茶をお代わりとして注ぎ、リヴァイの後をおって面会室に入った。鍵を閉めたリヴァイに警戒心はわかない。紅茶に昨日のようにミルクを注ぎ、リヴァイにも差し出した。
「ペトラたちを殺した犯人の可能性が高いのはアニだ」
「えっ」
「昨夜の紅茶はアニが淹れた。アルミンから睡眠薬のことは聞いているんだろう」
「はい」
「昨日の夜、お前が俺の部屋にいたことであの部屋は実質アニの個室状態。十分犯行に移れる」
「でも本当に寝ていたかもしれません」
「アニが犯人だと言える確信はないが、もう一つ。この街の襲撃にあいつが関わっている可能性がある」
「……」
「この街から出さないことが目的ならどうして下の階の俺らを襲わない?…お前が起きて、下の階に行ったのを知っていたからだ」
「でも…」
「確証がない以上、俺達からはなにも動けない。自分の身は自分で守るしかない。とりあえず今夜も俺の部屋で寝ろ」
名前は頷く。面会室の鏡に写る自分の顔は、死人のように血の気が失せていた。信じられなかった。名前にとってアニは気にかけてくれる先輩だった。不安を消すようにミルクティを口にする。リヴァイも甘いそれを飲んで眉を寄せた。