けたたましく階段を降りる音に目が覚めたリヴァイは未だ熟睡する名前の頭の下から腕を抜き、痺れを取るように軽く動かした。離れていく温もりを追いかけるように名前の手が動く。病室の時計を見ると、まだ六時過ぎだった。起床は八時のはず。もう一眠りするか、とリヴァイは名前を抱いて布団に戻った。そんなリヴァイの病室の扉が勢い良く開け放たれた。犯人はハンジだ。
「リヴァイ!大変だ!」
「んだようっせーな…」
「六階で寝ていた四人が殺されて…名前ちゃんもいない!」
その声にリヴァイは体を起こした。リヴァイに抱きしめられていた名前も同時に上体を起こすこととなり、瞼をぴくりと動かす。リヴァイと名前の存在を確認したハンジは開いた口が塞がらなかった。まさかリヴァイが連れ込んでいるとは。この緊急事態になにをしているのかと問い詰めたくもなったが、それより先にするべきことが在る。
「とにかく来て欲しい」
「…名前、起きろ」
リヴァイは名前の頬をぱしぱしと叩いて起こした。眠たそうな彼女は顔を隠す。寝起きの顔を見られたくないのだろう。リヴァイは気にせずそのまま話し続けた。
「俺が帰ってくるまでこの部屋の鍵は絶対に開けるな。だれが来てもだ。いいな?」
「え…?」
「いいな」
名前の手を引き、扉の前まで行く。そしてリヴァイとハンジが外に出た後、鍵のかかった音がしたのを確認してから離れた。リヴァイの警戒は最もだ。ハンジは六階の、グンタとエルドの部屋にリヴァイを連れて行った。
「第一発見者はサシャだ。名前と同室の子が朝、彼女が居ないことに気がついて女子部屋に探しに行った。だがそこにも彼女はおらず、暫く待った後、他の部屋も探してみようとなって、サシャがアニの部屋と間違えてグンタたちの部屋を開け、異変に気がついた」
「…とんだ奇跡だな」
「サシャはあまり賢い子じゃないからね」
「笑ってる場合か」
「それで異変に気がついたサシャが近くにいたユミルに報せ、同じ階の大人を呼ぼうとペトラたちの部屋を開けたら、同じ光景が広がっていたわけ」
「……」
「子どもたちは今、四人部屋に集まって待機してもらっているよ。ミケが一応見張っている」
グンタとエルドの首はメスで突き破られていた。間違いなく人の手による他殺だ。失血多量による死だろう。突き刺さったままのメスを睨む。嫌な兆候だ。ハンジとミケ、リヴァイは個室だったため、疑われやすい。リヴァイはハンジに体温計を探しに行かせた。死亡推定時刻を割り出そうというのだ。ハンジが体温計を持って来る間にリヴァイは現場の写真を撮った。
「体温で割り出せるの?」
「この季節、死んだ人間の体温は一時間に約1度づつ下がる。人間の平均体温は36.5度位だろう。四人分測れば多少の誤差があっても大体の時間はわかる」
「へー」
ハンジも体温計を持ってエルドの死体があるベッドに寄り、脇の下に体温計を入れた。32.1度と33.5度。ベッド脇にあったメモ帳に数字を書き留め、ペトラとオルオの部屋に向かう。再び写真を取り、オルオの死体の体温を測った。32.6度と31.9度。
「大体4時間前か…」
「みんな寝ていただろうね」
「外部からの侵入は困難…内部犯を疑うしかないか。最悪だ」
リヴァイは病室の隅にあった枕カバーを二枚ほど拝借し、ペトラとオルオの顔にかけた。ペトラの布団は乱れている。きっと抵抗したのだろう。リヴァイは表情を暗くした。四人の実力は十分知っている。こんなにあっさりと殺される人間ではない。余程の手だれなのだろうか。
「とにかく、一旦人を集めてアリバイ確認だ」
「名前を連れてくる」
階段を降りようとするリヴァイの背中に、君は幸せものだね、とハンジは声を飛ばした。リヴァイの足が止まる。だが、それも一瞬のことで、何事もなかったかのように名前の待つ病室へと向かった。コンコン、とノックをすれば、小さな声で「誰ですか?」と返ってきた。言いつけはちゃんと守っているらしい。
「俺だ」
「あ、はい」
かちゃりと鍵が解錠され、顔を洗ってさっぱりしたらしい名前がリヴァイを出迎えた。朝から何事ですか?と首を捻る名前に、そういえば彼女が廊下を徘徊していたのは何時頃かと考えてしまった。名前に殺せるわけがない。だが、大の大人があっさりと殺された理由の一つに、油断があったのではないかと思ってしまう。子供ならば油断する。女ならばなおさら。
「リヴァイさん?」
「ペトラ達が殺された」
「えっ…」
名前の一挙一動を疑うように見てしまう。彼女は本当に驚いているようにも見えたし、同時に怯えているようにも見えた。
「とにかく全員集合だ」
「……」
「大丈夫だ」
特に意味のない大丈夫を繰り返し、名前と共にナースステーションへ入った。高校生達はリヴァイに連れられた名前を見て大げさに驚く。あ、言うの忘れてたと呟いたハンジにリヴァイは事の一切を理解した。ミカサに手招かれ、行こうとする名前を自分の隣に座らせる。その行動にエレンが眉を顰めた。地獄の会議の始まりだ。