最上階である六階の防火扉の確認が終わった後、五階の確認にも人手を割いた。彼らを待つ間、リヴァイは名前の手を離そうとしない。今更恥ずかしくなったものの、引き剥がすわけにはいかない。名前はリヴァイと体を近づけることで手を隠した。イヤホンから連絡が入る。五階も防火扉は閉まっていたようだ。
「使える部屋はありそうか?」
「個室等は使えそうですね。大部屋は…ダメでしょう」
エレベーター前にある案内図にマルとバツを書いていく。三つ在る大部屋は処刑場と化していてどれも使えなさそうだ。個室と二人部屋、四人部屋は使えるものがあるだろう。六階で使える部屋は個室が一つと二人部屋が三つ。四人部屋が一つ。宿直室も使えるだろう。しかし、宿直室のベッドはひとつだ。一つ下の階では個室が一つ、二人部屋が一つと四人部屋が一つ使える。
「大人組が個室と二人部屋を使うべき」
「そうですね。みなさん疲れているでしょからしっかりやすんでください」
「あとは男女で分かれて…男子六人と女子六人でしょ…」
「四人部屋と二人部屋で各々別れましょう」
リヴァイとミケ、ハンジが個室と宿直室に宛てがわれた。ペトラとオルオ、グンタとエルドが二人部屋。女子部屋に来ますか?とクリスタがペトラに聞くと、平気だと返ってきた。
「お互い異性として意識してないから平気よ。ね、オルオ」
「…そうだな」
オルオの顔がわかりやすく変化する。エルドとグンタが笑った。ペトラを守るために同じSATに入ったというのに報われない。エルドが、誰と誰が二人部屋で寝るかをじゃんけんで決める高校生たちに青春だな、と似つかわしくないことを言った。
「子どもたちに武器を持たせるなんて大人失格だな」
「そうだな…」
「あいつらを無事に外にだすことが俺たちの役割だ」
私はエレンと寝る、と言い出したミカサにエレンが反抗し、それをアルミンが宥めていた。名前はミカサの発言に慌てるが、他のみんなにはもう慣れたものらしい。またか、と呆れていた。ジャンが何故かミカサではなくエレンに突っかかっていく。エレンと寝むれないならミカサはどこでも変わらないだろうと結論付けたサシャが他の女子だけでじゃんけんをしようと言い出した。学生が久しぶりに活気を取り戻す中、ハンジが顎に手を当ててなにかを考えだした。
「病院に侵入した形跡はなさそうだった…」
「どういうことだ?」
「私達が学校に居た時、奴らは階段を這い上がってきて襲ってきた。だが、この病院では階段を登っている形跡がないんだ…」
「……」
「ミケも見ただろう?非常階段は綺麗なままだった」
わっと女子が声を上げる。寝る部屋が決まったようだ。名前はアニと一緒に二人部屋で寝ることになった。後輩だから遠慮すると言ったが、聞き入れてもらえない。困ったような笑みをリヴァイに向けた。
「それじゃあ、夕飯にしようか」
ハンジの言葉に皆が無言で頷いた。ナースステーションに移動し、持ってきた食料を開ける。たまには白米がたべたいなあ、と思うものの、こんな状況下で贅沢は言えない。いつものようにパンと、給湯室から発掘したお茶で腹を満たした。入院棟なだけあって、歯ブラシやタオルも完備されている。先ほどリヴァイが確認したところ、シャワーも使えそうだ。
「この病院はひとまず安全そうだね。夜の見張りがないと凄く楽だ」
「スロープがあちらこちらにあるのは厄介だがな」
「それでも防火扉があるから平気さ。あの厚い壁はやつらでも腐食させられないから壊せない…さて、どうして非常階段を登って来られないのかな」
「知能の差か?」
「やつらに学習能力があるとすれば、それはとても恐ろしいことだ」
ハンジがぶどうパンを食べながら首を左右に振った。ハンジにとってはどうにも気になることだが、他の人間にとってはそこまでの疑問でもなかった。安全ならば、それでいい。あの悪夢の日から初めて心の余裕を持つことができたのだ。今は何も考えたくないというのが本音だろう。
「シャワーを浴びてくる」
「了解」
「俺も行こう」
リヴァイとミケが席を立った。ナースステーションの奥の部屋からバスタオルを持って、浴室に向かう彼らを名前はぼんやり見送った。学校では蒸しタオルで体を拭くことしかできなかった。リヴァイからしてみれば地獄のような環境だっただろう。名前の隣にエレンが腰を下ろした。
「なあ、名字。お前、本当はこの二週間何処にいたんだ?あの街で、他に生存者がいるとは思えない」
「…私、多分テロのことは覚えてます。朝、マルコ先輩と交差点にいたら、急に視界が黒と白で染まって…みんな死んでました。家に戻るのが怖かったので学校に向かったんです。その時に銃声のようなものを聞きました。学校に入って、リヴァイさんに助けられました」
「本当に記憶が飛んでるんだな…」
「すみません」
「しかし良く生き残ってこれたなあ。さすが俺が目を付けた後輩なだけあるぜ」
「陸上部の他の先輩方は…」
「さあな」
エレンがそっけなく答えた。聞くまでもない。そっけない口ぶりとは異なり、名前の頬に手を当てるエレンの目は優しかった。頬になにかついていたらしい。にっとエレンの口が逆さ三日月を作り、名前の髪の毛をわしゃわしゃと撫でた。