03

 
リヴァイが名前を連れて行ったのは放送室だった。窓の外を見ればすっかり陽は沈んでいる。リヴァイは懐からスマートフォンを取り出すと誰かに電話をかけ始めた。名前はリヴァイの声を聞き流しながら姿鏡に映った自分の姿を見て泣きそうになる。両膝は擦りむけ、血が滲んでいる。太ももにはおおきな痣、脛には擦り傷が大量にあった。カーディガンをめくると脇腹に血の跡。肘も痛いことから打撲でもしているのだろう。顔にも切り傷がある。電話の終わったリヴァイが名前の体を見て痛痛しげに眉を寄せた。

「名前、お前この二週間どこにいたんだ?」
「二週間…?」
「何も知らないのか…?ショックで記憶が混乱しているのか…?」
「何が起きているんですか?私、なにも分からないんです」

名前の言葉にリヴァイは再び眉を寄せた。

「この街は二週間前にバイオテロが起こされて、生存者は皆無。これが政府の公式発表だ」
「バイオテロ…?」
「本当かどうかわからねえが。だが、テロの直後から妙な生物がうろついているのは確かだ」
「……」
「あいつらは噛み付いてくる…お前噛まれてないよな」

名前無言で頷き、リヴァイは安堵した。今度はお前が話す番だとリヴァイに促され、名前は今朝からの話をした。職員室でいつの間にか夕方になっていたと話せば、リヴァイはしばし戸惑ったような表情を見せ、放心状態で呆けていたんだろうと言われた。そう言われれば、そうかもしれない。だが、二週間という期間が解せなかった。

「私には今朝の出来事なんです。手にもメモがはっきり残っています」
「……」
「兵士にもさっき初めて会いました」

リヴァイは名前の手にはっきり書かれている『試験範囲 メール』の文字を見ながら唸った。二週間でこの街の生存者は数えるほどしかいなくなった。大半はテロの犠牲になった。生き残った者も兵士に掃討され、化け物に襲われ死んだ。この状況に絶望して自ら命を断つものも少なくない。そんな状態で彼女が一人、二週間も生き延びられるとは思えなかった。それに、彼女は朝から職員室に潜んでいたといったが、校内の監視カメラに彼女の姿が映ったのはついさっきだ。嘘をついているのかもしれない。だが、彼女に嘘をつくメリットがあるとは思えなかった。

「とりあえず俺たちは今残っているメンバーでこの街から出る計画を練っている」
「出られるんですか?」
「街の周りには兵士と有刺鉄線で壁が作られているが、そこさえ越えられればなんとかなる」
「…あの、私の家族は…」

リヴァイは目を逸らした。それで名前は察した。だが、一縷の希望もあった。自分がこうしてここにいるから、母親もどこかに逃げているのかもしれない。すまないと謝るリヴァイに名前は首を振った。

「ハンジは知っているよな」
「はい」
「とりあえずあいつと合流しよう…いや、その前に保健室だな」

保健室は一階だ。四階から一階に降りるのは億劫ではあったが、怪我を放置するわけにはいかない。階段を降り、下駄箱の横にある保健室の扉を開けた。リヴァイは手慣れたように消毒液を綿にふりかけていく。

「座れ」
「あの、自分でできます…」
「顔は無理だろうが」

座った名前の頬にピンセットで摘んだ脱脂綿を当てた。にじむような痛さがある。引っかき傷は長いため絆創膏を諦めた。唇の横にも脱脂綿を当てる。頬にも消毒をされて自分の顔は一体どれだけ傷だらけなのかと呆れた。リヴァイはそのままの流れで名前の前に跪き、膝の消毒にとりかかる。ガーゼを張り、テープで止めるその仕草がやけに手馴れていた。

「夜の学校って怖いですね」
「昼の街の方が怖えよ。銃を持った兵士がウロウロしてやがる」
「……でも夜は化け物が出るんですよね」
「あいつらは脳を破壊すれば死ぬ。動きは鈍い奴ばっかりだから訓練された兵士よりマシだ。ただ掠り傷でも負わされたら終わりだけどな」
「無理ゲーですね」
「兵も感染を恐れて夜は来ない」

あっさりと兵士を倒していたリヴァイを思い出した。さすが警察官と頼もしく思う。リヴァイと一緒ならなんとかなる気がしてきた。どこかでガラスが割れる音がした。びくりと肩を跳ねさせる名前にリヴァイは落ち着くよう言った。低い咆哮のようなものが聞こえた。

「奴らが入ってきたようだ」

リヴァイが立ち上がった。同じく立ち上がろうとする名前を押しとどめ、保健室のロッカーから取り出した箒を渡した。リヴァイさんは病的なまでの綺麗好きということは知っているが、この状況で箒を渡されても解せない。机の上の鍵を手にとったリヴァイは消毒液を名前に押し付けた。

「何かあったら大声を出せ。いざとなったらそれで時間を稼げ。絶対に開けるなよ」

早口でそう言ってリヴァイは保健室から出て行った。外から鍵を掛けられる音がする。頼れる人間がいなくなり不安になった名前は消毒液を自分の足にふりかけた。痛い。しみる。次にカーディガンとセーラー服の上着を脱いだ。脇腹の打撲にはシップを貼る。背中も痛いがどうなっているのかわからなかった。肘の擦り傷に消毒液を振りかけ、ガーゼを貼った。応急処置はこれでいいだろう。使った消毒液をケースに戻そうとした時、保健室の窓ガラスが割れた。何かが飛び込んでくる。恐怖で喉が引き攣ったが、大きく息を吸った。

「っきゃああああああああああああ!!!!」

とっさに箒を手に取り、後ずさる。人影と、窓から這い上がってこようとする何か。名前にはそれは見覚えのあるものだった。階段で襲ってきた白いもの。交差点で見た、白いもの。それと同じものが今まさに割れた窓から入ってきた所だった。人影が名前の悲鳴に反応して振り返る。白いものが飛びかかろうと跳躍したとき、その人影が持っていた棒状のもので化け物の脳天を叩き割った。文字通り、それは頭を破壊した。月明かりのなかで化け物の頭の形が凹むのが分かる。動かなくなったそれを見て名前は大きく息を吐いた。

「だ、誰…?」
「お、お前こそ誰だ!」

人影は名前の手首を掴み窓際へ寄せる。二人の顔が照らされた。お互い目を見開き、エレンは勢い良くかおを背けた。

「なんで服着てねーんだよッ!!!!!」
「だ、っだって、いやだ、ちょっと先輩離して!!!!」

消毒の際に上を脱いだままだった。エレンから逃げた名前は床に落ちた制服に駆け寄り、キャスターにつまずいて転んだ。慌ててエレンが駆け寄る。それは転んだ名前を支えようとしたものだったが、羞恥が勝った名前には拒否したいものだった。エレンを押しやる名前。鍵の開閉音がし、勢い良く保健室の扉が開いた。

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