02

 
着たまま寝てしまった制服だが、大して皺にもなっていないのでシャワーに入って、再びその制服を着ることにした。冬服なので替えが少ない。そろそろ学校に向かう時間だ。母親がサインしたプリントを学生鞄に突っ込み、ローファーを履いた。そろそろ期末試験の範囲が発表される。家庭教師のリヴァイさんに試験範囲をメールしなくてはと思い返して掌にメモをした。忘れると後が怖い。しっかりと施錠し、名前は家を出た。

家から学校までは三キロメートル弱ぐらいだ。徒歩で三十分少し、自転車で十分少し。今日は自転車で行くことにした。自転車の鍵を差し込み、またがる。スカートが捲れないよう気をつけながらサドルにまたがり、ペダルを漕ぎだした。一個目の交差点は青。二個目の交差点では丁度信号が変わり、赤で引っかかった。自分とおなじ制服をきた少年少女が同じように信号を待つ。そろそろ先生にみつかるかもしれない、と耳に差し込んでいたウォークマンのイヤホンを抜いて鞄にしまった。

「名字、おはよう」
「あっ、マルコ先輩」
「生徒会風紀委員が堂々と校則違反しちゃダメだよ」
「えへっ…すみません」

マルコは生徒会の先輩だ。音楽を聞いていたのがバレた名前は罰が悪そうに笑う。名前の隣に来たマルコは徒歩通学のようだ。名前は自転車から降りた。

「あ、先輩過去問頂いてもよろ…え」

横断歩道の向こう側。歩道と車道の丁度境目に立つように、それはいた。急に黙り込んだ名前にマルコは声をかけようとする。信号が変わった。次の瞬間、名前の周りの景色は白と黒で埋まった。

「せ、先輩…」

信号機に視線を当てていた名前には何が起きたのかわからない。空が灰色に塗りつぶされ、信号機はひび割れ、欠けていた。道に添って立っていたビルは崩れ、ひび割れている。空から地面へゆっくり視線を下ろすと、そこには最悪の光景が広がっていた。倒れる制服姿の人間。血溜まりだろうか。赤黒い液体が横断歩道に白と茶の模様を作っていた。ぎこちない動きで首を回し、自分の手を見た。擦り傷はある。隣を見る。

「先輩…」

隣にいたはずのマルコの全身にはコンクリートの破片が刺さっていた。恐る恐る手を伸ばす。揺らしても、揺らしても反応はなかった。周りを見渡しても、立っている人間は名前しかいなかった。全身が痛い。この痛みは昨夜の夢の痛みだ。

「と、とりあえず学校に…」

ギシッと鈍い音がハンドルから鳴った。焦げ臭い。下を見ずにそのままハンドルを押すと耳の下がぞわりとするような金属音を立てて自転車は崩壊した。走りだす。何かが迫ってくるような感覚に追われて名前は走りだした。遠くから銃声が聞こえる。銃声なんか洋画の中でしか聞かない。だからそれが銃声なのかわからないが、名前の耳はそれをたしかに銃声と判断した。とにかく学校へ。開けっ放しになっている校門を走りぬけ、名前は職員室に駆け込んだ。

「どうして誰もいないの…?」

割れた窓ガラスに寄せられた机。いつの間にか夕日が窓から差し込んでいた。その眩しさに名前は膝をつく。意味がわからない。先ほどまで確かに朝だった。これは夢か。家に帰ろうか。きっと目が覚める。立ち上がろうにも気力がでなかった。目の前の窓から広がる街の光景が名前の動作を封じる。この街は爆撃でもうけたのだろうか。乾いた笑い声が頭の中だけに響いた。

「これ、ハンジ先生の机じゃん」

名前がもたれ掛かるようにしていた机はハンジのものだった。昨日の夢のなかでハンジに会った。ならばこの夢のなかでもハンジに会えるのではないか。ハンジに会えば家まで戻れて夢から醒める。そんな淡い期待が湧いてきた。机に手をかけ、立ち上がる。散乱したガラスやらプリントやらボールペンやらを踏みつけ、名前は進む。職員室の扉を開け、下駄箱の横の階段に向かった。足音が聞こえる。誰かいる!名前は走りだした。階段を駆け上り、人の話し声が聞こえる方へ向かった。理科室の方からだ。角を曲がった名前が見たのは、兵士のような服装をした男二人だった。胸にユニコーンのマークがある。

「あの!」
「お前…生存者か!構え!」
「え」

名前の姿を認めた兵士は名前に向かって銃を構えた。どうして。動くな、と言われたが、動けない。生存者、と言った。街になにか起こったのだろう。だが、どうして自分が銃を向けられているのだろう。兵士の顔が歪むのが見えた。反射的に目をつぶる。何がどうなっているのか。もうどうしていいかわからなかった。

「ど、し…て?」

パーン、と乾いた音が聞こえた。目をぎゅっと閉じ、体を硬くする。すぐにもう一発の銃声が聞こえた。彼らの手に持っていたのはマシンガンのはずなのに、連射しないんだなあ、とどうでもいいことを思った。

「名前…?」

恐る恐る目を開けた。廊下の先にはリヴァイがいる。リヴァイと名前の間には血を流して倒れる兵士がいた。体に新たな痛みは無い。先ほどの銃弾は、兵士を襲ったようだった。

「リヴァイさん…」

探していたハンジではなかったが、リヴァイの姿を認めて名前は安堵の涙を流した。リヴァイが駆け寄り、ぼうっとする名前の肩を掴んだ。

「ここは危険だ。もうすぐあいつらの活動時間だしな。詳しいことは後で聞く。歩けるか?」

リヴァイの言葉に頷いた。どうして警察署で働くリヴァイが学校にいるのだろうか、どうして先ほどの兵士は銃を向けたのだろうか。どうしてどうしてどうして。聞きたいことは山ほどある。だが、今はリヴァイに従うのがベストだろう。リヴァイに腕を引かれて名前は上へ登る階段を進んだ。

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