「もうすこし待ってな」



振り向きざまにニッと笑った彼に深く頷いてから、いつものベンチに浅く座った。バックを脇に置き、同じベンチに乱雑な様子で放置されていたタオルやノートを整える。ちなみにこのノートは必殺技が所狭しと並んでいて、円堂くんが言うには『キーパー語』で書かれているらしい。なるほど、どうりで、キーパーである円堂くんには読み取れてキーパーでない私には読み取れないわけだ。必殺技というのだから内密なものなんだろう。キーパーにしか読めない字を作るとは、このノートを書いた人は頭が良かったに違いない。


ドォンと今日1番の音がしたと思って円堂くんが特訓していたところを見るも、土埃が上がっていて何も見えない。心配になって腰を浮かせると、私が探す前に土埃からぴょんと出て来た円堂くんはむせながら晴れやかに笑っていた。タオルを握っていた力がゆるむ。



「ふー!疲れた!」

「お疲れ様」

「ごめんな、待たせて」

「大丈夫」

「ん、サンキュ」



渡した新しいタオルで顔をごしごしと豪快に拭き、ぷはっ、という効果音付きで顔を上げたけれど、円堂くんはすぐに眉へしわを寄せてしまった。変な臭いだとかしたかしらと顔を覗くと、円堂くんは私が何を思っているかが伝わったらしく、「ああ、ちがうちがう」オレが使ったら黒くなっちまった、と苦虫を噛んだような顔をした。よかった、我が家の柔軟剤はちゃんと役割を果たしてくれたようだ。ごめんな、と見るからにしゅんとしてしまった彼に大丈夫だと手を大きく振る。


タオルから目を上げてこちらを見た円堂くんは堪えきれない笑みを噛み潰しながら、ふははっと妙な笑い声を漏らした。少しだけ困ったように下げられている彼の眉に首を傾げると、円堂くんは自分の口元をとんとん、と軽くたたく。



「くち!」

「……あっ」

「ちゃんと言わないと伝わらないぞ?」

「…うん」



こっくりと頷くと、円堂くんはいつもの太陽みたいな笑顔のはしっこに少しだけ満足感をおいた。ちょっと世間とずれているらしい私の世話をなにかと見てくれている円堂くんが、私にこうして指摘することは多い。プラス、最近仲良くなれた木野さんも少々。私の隣の席で円堂くんの指摘を小耳に挟んでいる半田くんはよく、あんな小姑みたいに言われてうるさくないのかよと言うけれど、他人からの指摘以上に自分を見つめ直すことができる材料はない。そう言うと半田くんは、今日はよく喋るなあと驚いたあと、真面目だなお前って言って笑ってくれた。


ぴゅうと体を撫でていく北風は私と円堂くんの髪の毛を微かに揺らして、それと一緒に私たちはぶるりと肩を揺らした。「さっむい!」ケタケタ笑いながら寒い寒いとはしゃぐ円堂くんはさすがだなあとおもう。寒さだって彼の楽しみなのだ。私も楽しめたらいいのに、相変わらず手足の指先は平均体温が低い。



「ん、手袋してないのか?寒いだろ」

「…あんまり」

「すげー。オレなんか手袋代わりにグローブしてるぞ!」

「…画期的だね…」

「いやその…、うーん…ツッコミはまだ早いか…」

「?」

「や、こっちの話」



ごまかすような素振りだけど、あまり追求しないようにつとめた。なにか必殺技でも思い付いたのかもしれないと思ったけど、円堂くんが鼻のあたまを赤くしてズズッと啜ったのを見て、私は大変なことに気がついた。彼に買ってきたはずのものはまだ、私のバックの中で眠っている。バックをおもむろにがさごそと漁り始めた私に、きょとんとした目が向けられているのがわかった。



「…円堂、くん」

「?」

「これ…差し入れに」

「おぉー!肉まんだ!」

「たぶんまだ、あったかい」

「わ!じゃあ早く食べなくちゃ!」



弾かれるように慌ただしくなった円堂くんは、わたわたとタオルをバックに入れるとグローブを必死に取ろうとしていた。まあさすがに、真っ黒泥だらけのグローブで食べ物を掴むわけにもいかない。なぜそんなに急ぐのかと聞けば、私の手中にあるぬるい肉まんを指差しながら、せっかく買ってきてくれたんだし、と苦く笑う。「冷めたら悪いだろ」よほどきつくしめてしまったらしいグローブは、なかなか解けようとしない。


まだかかりそうなその作業を手伝おうと手を伸ばすにも、円堂くんには一人で外すから大丈夫だと言われ、また手持ち無沙汰になってしまった。風は吹かないものの、外気にさらされた肉まんはなんだかかぴかぴになっている気がする。もったいない…


(…あ)



「…円堂くん」

「む?」

「はい」

「……え」

「グローブ、取れないでしょう。だから」

「えっ!…あ、う」



グローブの金具と戦っている時よりも焦ったような顔色だ。もしかしたら円堂くんにとっては嫌なことだったのかもしれない、こんなんだからズレてるだとか言われてしまうんだ。「ご、ごめ」今度は私が浮足立つ方で、円堂くんの口元へつまみ出していた肉まんの一部を引っ込めようとすると、ぐいとその手を握られてしまった。



「たべるっ」

「!」

「グローブ、その、外せないから!さ!」

「……ん」

「あー…」



誘導するように円堂くんに連れられた手は、開いたくちの中に肉まんを無事置いて退却しよう…としたけど、円堂くんは未だ手首を離してはくれず。「んぐ」不思議に思って彼を見れば、ぱくんと口を閉じてすこし唸ったところだった。そんなに咀嚼するほど固い食べ物ではないはずだけど、なんてぼんやり考える。よく噛むのはとてもいいことだけれど。


もぐもぐ、ごくり。「あー」何をしているのか分からずにぼうっと円堂くんを見ていれば、くすぐったそうに笑われて、やっぱりまだ早いか、と肩をすくめられた。その語尾がなんだか、何も出来ない赤ん坊を許すようなものだったから、すこしむくれつつ肉まんを私が食べてやった。大きく噛みちぎりすぎたそれは口におさまらず、少し礼儀ただしくない。



「(どうしよう…)むー」

「どうした?」

「(円堂くん、押して)むうー」

「(かわいいな…)?」

「ふぃふまん、(口の中に押しこめて!)」

「(!)わかった!」



片方には肉まんが乗り、もう片方は円堂くんに捕まれているために、どうにか円堂くんに押し込めてもらうしかなかった。円堂くんは私が何を言いたいか了承したようすで大きく頷く。作業をしやすいようにと、口を少しだけ前に出した。そういえば彼の手にはまだグローブがついていたけれど…、まあ、きっと私の手をうまく使ってやるのだろう。


「じゃあ、」ぐいと円堂くんのほんのり赤い顔が、近付い……あれ?



「あーん」



まさか、と思った時には、もうすでに私の口からはみ出ていた肉まんは円堂くんがくわえていた。手首を掴んでいたグローブはいつの間にか素手になっていた。あれ、取れたんだ。









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企画ぺろり様に提出
/ダメじゃないダメじゃないむしろすごい大歓迎ですさっそくいいですか?

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