指輪に込められた思い | ナノ

輪に込められた思い




手塚は無口だ、というと少し語弊があるが、要するに自分の気持ちだとかそういうものを口に出すことに向いていない。
それは十年にもなる長い付き合いで理解しているし、また言葉が足りないことも多々あることは重々承知していた。

しかし、だからと言ってこれはなんだ。
何か自分がとんでもない思い違いをしていたようであることは理解できるが、それ以外のことが何も頭に入ってこない。
少し冷静になる必要があることをいやでも理解して、俺は見ていた雑誌から目をそらした。

雑誌には、大きな見出しでこう書かれていた。
『プロテニスプレイヤー手塚国光・ついに婚約か』

中学のころ、自らの部を優勝に導くという目標に向かって競い合っていた手塚に、俺はいつしか恋心を抱いていた。
だんだんとそれが抑えきれなくなって、気持ちを打ち明けたのはいつのころだったか。
その時、確かに返事は受け取ったと思っていた。
はっきりと言葉にされたわけではないが、口下手で自分の気持ちを言葉にするのが苦手な手塚の、それは精一杯の返事であったと記憶している。
つまり、それから俺たちは付き合っていたはずだった。
いわゆるデートもしたし、キスや、まあそれ以上のことも含め、おおよそ恋人らしいことは一通りこなしてきたつもりだった。
高校を卒業し、お互いがプロとなってからはあまり頻繁に会うことが出来ず、たしかに恋人らしい時間は減ったといえたが、それでも別れを切り出したりはしなかったし、まだ付き合っているのだと、一方的に勘違いしていた。

そう、これは、勘違いだったのか。
改めて考えてみるが、確かにそうだったといえる部分もある。なにせ自分たちは明確に言葉にしていないのだから。
しかし、行動では常に示しているつもりでいた。もちろんそれなりの行為もしていたから、付き合っていたといえると思う。
だが、なら今目の前にあるこれはなんだ。
冷静になることも忘れ、もう一度雑誌に目を向ける。
そこには、先程と何も変わりのない文字が躍っている。
その先を読むことはこの疑惑を肯定することにしかならないだろうと思いつつも、同時に読まないわけにはいけないといも感じている。
逸る気持ちをどうにか鎮めて、記事の内容に目を通し始めた。

そこには、見知らぬ女性の証言として、手塚がリングケースから指輪を取り出して眺めていたこと、そしてその指輪を見て微笑み、あろうことか指輪にキスまでしたことが書かれていた。
その女性が言うには、あの指輪は婚約の証に恋人贈るのだろうということで、記者も、今まで女性の影のなかった手塚選手もついに婚約か、と締めくくっていた。

手塚が、指輪。

まさか、という思いに駆られ、慌てて記事の日付を確認する。
雑誌自体は今日付けの発売であったが、記事は一週間ほど前の情報をもとに書かれていた。
そして、発売日である今日は、10月の3日。

「はっ……手塚も粋なことをしてくれるじゃねーの……!」

さっきまでの不安が急に吹き飛び、妙な自信さえ湧いてくる。
手塚は、二週間ほど前から海外にいる。それぞれの誕生日に合わせて休暇を取るためだ。
そんな手塚を、明日の朝一に迎えに行く予定ではあったが、子供に戻ったようなうきうき感が抑えられず思わず携帯に手を伸ばす。
もちろん、ダイヤル先は決まっている。

「……はい、手塚です」
「よう、手塚!」
「跡部か、どうした?」
「ここのところまともに顔を合わせてなかったからな、寂しがってるんじゃねぇかと思ってな!」
「ふっ…それは跡部のほうではないか?長い付き合いだ、それくらいはわかる」
「お見通しってわけか…流石手塚だぜ」
「罰が悪そうな顔をしているのが見えるようだな……。まあ、俺も声が聴けて嬉しいと思っている」
「そうか……!嬉しいこと言ってくれるじゃねぇの、手塚!」
「それで、何か用があったのではないのか?」

手塚の問いに一瞬言葉に詰まったが、そんなことを悟らせるような真似はしたくないため、なんとか誤魔化す。

「用ってほどのことではないがな…、明日は朝一で迎えに行くが、準備は出来てるよな、手塚?」
「ああ、もちろんだ。……日本は、まだ日付は変わっていないな?」
「ああ、まだ3日だな」
「そうか、ではこの言葉はまだ取っておくことにしよう。……跡部、明日は早く来い、待っている」
「手塚……!ああ、待っていろ、俺様の力をすべて使って最速で迎えに行ってやろうじゃねーの!」
「ああ、楽しみにしている。では、そちらはそろそろいい時間だろう。失礼する」
「そうだな、明日に備えるとしようじゃねーの、じゃあな!」

さっきまでの不安はどこへやら、いつもと変わらない手塚の様子に雑誌の内容を読む前のことなど頭からさっぱり抜けたかのような晴れやかさであった。
明日、手塚からもらえるであろう指輪に思いを馳せつつ、自らも最大級のおもてなしに加え最大級のプレゼントを用意していることに思考を寄せる。
結局、言葉にせずともお互いの気持ちに偽りはなかったと思い知る。
柄にもなく動揺したことは気付かれないようにしようと心に決め、明日からの四日間を最高の四日間にするための計画を改めて反芻した。

161027
七斗氏の誕生日に捧げさせていただきます!
拙いもので申し訳ないけどおめでとう!!
大幅に遅刻なのは申し開きのしようもない…

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