強くならなければ (96/109)
【半田視点】
「朝比奈来ないな…」
「どうしたんだろ…いつもだったら連絡くれるのにね、って言っても雷門使えるって連絡くれたの朝比奈だし」
「おかしいな…何かあったのか…?」
そんな会話をして早1時間。朝比奈が来る気配は全くなく、先に俺らだけでも練習するかとなった。だが、それから1時間ほど練習しても朝比奈は来ない。さすがにおかしい。
それでもひたすら目の前のボールを蹴り続けた俺たち。
そしてふと雷門中の門を見た時。そこから人影と黒い車が門を過ぎていくのが見えた。
「朝比奈…?」
そう、そこから見えた人影は朝比奈だった。朝比奈はこちらに向かってゆらゆらと歩いてくる。俺たちは一旦練習を中断させ朝比奈の元に向かった。
だが、明らかに様子がおかしいと悟った俺たちはみんなして息を呑んだ。
「っ…みん、な……」
そう、泣いていたのだ。目に涙を浮かべ、震える声を発して朝比奈はこちらを見てきた。
何があったんだろう。
朝比奈に何かあったことは明白だった。俺はぎゅっと身体の横で握り拳を固め唇を噛み締める。
しばらく不穏な空気が続き、パッと横から不安げな視線を感じた。
風丸だ。風丸は不安そうに瞳を揺らし、どうしようとでも言いたげにこちらを見ていた。それはみんなも同じだった。同じように俺に視線を送る。
俺がなんとかしなければ。
そう瞬間的に察すると俺はキリッと眉を寄せ一歩朝比奈に近付いた。
「どうした…朝比奈…」
「っ…はんだ…くん…」
朝比奈はまた唇を震わせてこちらを見つめてくる。俺は逸らすもんかと必死に朝比奈を見つめ返した。
すると朝比奈は一粒頬から涙を流し俺の胸に飛び込んできた。
「悔しい…っ…悔しいよぉ…」
突然だった。突然で驚いたけれど俺は冷静に頭を使って次どうすればいいかを考えた。
こういう時、いつもの朝比奈だったら何をする?どうやったら不安を和らげさせられる?
暫時考えた。だけど答えも出ぬうちに俺は行動に移していた。
震える手をそっと朝比奈の背中に回す。そして片方をゆっくり朝比奈の頭に持っていった。
柔らかい髪が俺の指をすーっと抜けていく。俺はしばらくの間、黙ってそれを続けた。
「朝比奈…もう、大丈夫か?何があったか話せるか?」
「…ごめん、なさい。もう大丈夫…」
しばらくして落ち着いたと悟った俺はゆっくり手を離した。朝比奈の目はまだ赤いけれど先ほどよりかは涙は溜まっていない。
そして朝比奈はそう視線を地面に落とすと俯きがちにゆっくり言葉を紡いだ。
「あのね…私……」
俺たちはその朝比奈の話に目を見開くことしか出来なかった。
エイリア学園の聖地に連れて行かれたこと。もうすぐでこの戦いは終わるということ。今、エイリア学園の奴ら2人が動き出しているということ。そして、朝比奈は最初の敗北者なのだと、エイリア学園から逃げただけなのだと告げられたということ。
感情が高ぶっているにも関わらず、朝比奈は俺たちに気を遣って言わなかったことがあった。
俺たちがやってきたことは無意味、俺たち敗北者は何をしても無駄なんだと言われたことを…。
そんな朝比奈の気遣いは、今の俺たちが知るはずもなかった。
だけどきっと俺たちほとんどが察しているだろう、俺たちは弱い者なんだって―…。
一部を除き全て話を聞き終えるとどうしようもなく、悔しさが募った。朝比奈が言っていた悔しいという想いが痛いほど分かった。
だけど実際、俺たち弱い者が招いたことがある。
「ごめん…俺たちが弱いばっかりに…」
そう、朝比奈が敗北者と言われる理由なんてどこにもない。だって、朝比奈がキャラバンを降りた理由は全て俺たちにあるんだから。
俺たちが入院さえしなければ、朝比奈だってキャラバンに参加出来たんだ。朝比奈は俺たちのために、自らを犠牲にしたんだ。
なのに、なのに、そんなことを言うなんて絶対に許せなかった。
悔しかった。やっぱり朝比奈はイナズマキャラバンに参加させるべきだったんだって。今更ながら甘えていたあの頃の俺たちに腹が立った。そして、弱い今の自分にも。
もっともっと俺たちが強ければ、あんなことは言われなかった。
ただ、何も関係ない朝比奈が巻き添えを喰らって、意味もなく傷つけられた。
全て、全て、全て、俺たちが原因なんだ…。
「ごめんっ…俺…もっともっと…強くなるから…」
強くならなければ
誰よりも強く。強くならなければ…。
そんな想いが、俺たちの心を支配していた。
それがずっとずっと先、後悔することになるなんて、今の俺たちはまだ知らない―…。
to be continued...
(2017.11.15)
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