告げられた未来 (94/109)
私は車に揺られながらこの場所まで来た。あれから何分経ったのかは分からない。だけど進むにつれ険しくなるその道。
山だろうか、ゴツゴツとした岩肌が周りを囲っていた。
車の窓からその風景を見て、私はドクドクと音を鳴らす心臓を抑えるべく、一度視界を途切れさせた。
『さぁ…こちらへ。エイリア学園のことが分かるこの上ないチャンスですよ』
思い出されるのは先ほどこの人に言われた言葉。エイリア学園のことが分かる。そう思うとまだ着かないのかと歯がゆくなった。
「着きましたよ、こちらです」
その言葉に私はパッと目を見開けた。そしてそれと同時に視界が明るくなる。
「コレは…!?」
私の視界の前では何かが浮いていた。これは何なのだろうか。宇宙人とでも言うのだからこれはUFOだろうか。だが、見ただけでは判断し難い。
「こちらです、どうぞ」
その人に促され、私は得体も知れないその建物の中に入った。長く通路が繋がっていたり、薄暗かったりした。だかやはり中に入ってもその正体は不明だった。
私はその人に着いていくことしか出来ない。帰ることも、止まることも出来ない。
進むにつれ跳ね上がる心臓。抑えようと試みる私だったが、跳ね上がったその心臓はどうやら簡単には収まってくれないらしい。いつまで経ってもドクドクと音を鳴らしていた。
そしてついに、ある所を境に視界は一気に明るくなった。外、というべきだろうか。天を見上げればそこには空がある、風もある。
コツン、と何か古風な音が鳴り響く。パッと音のしたほうを見ればその音はししおどしということが分かった。
「失礼します。連れてきました」
「入りなさい」
明るい場所に出て少しばかり縁側に沿って進んで行くと、男の人はある部屋の前で止まった。そして正座をすると少し襖を開け、中に向かってそう言った。
それに私はピクンと肩を震わせ唾を飲んだ。いよいよ来る、この人が言う"あのお方"が。そう感じた瞬間だった。
胸に手を当て気持ちを落ち着かせる。そしてふぅと1つ息を吐くと私は真っ直ぐ前を見据えた。
男の人はゆっくり襖を開ける。そこからはある男の人が見えた。
青い着物を身に纏い、湯のみでお茶を飲んでそこに座っていた。
私に気付いたのか、その人はこちらにゆっくり顔を向けた。
「ようこそ、エイリア学園の聖地へ。さぁこちらへいらっしゃい。立っているのは辛いでしょう」
印象は優しそうと受けた。だけど、そう促された私だったがしばらくは動けなかった。立ちすくんでその一歩を踏み出すことが出来なかった。
優しそうな雰囲気なのに、感じたのは恐怖。身体が、記憶が揺さぶられた気がした。初めて会う人なのに。
「どうしたのですか。別に何もしませんよ、さぁ」
優しい笑みを浮かべてお茶を啜る。私はその震える唇をなんとか抑え、恐る恐る中に入った。そしてゆっくりその人の前で座った。
「あの…お話って…」
私がそう切り出すとその人は湯のみを床に置き、私を見据えてゆっくり話し出した。
「もうすぐ終わるのです…この戦いは…」
「終わ、る…?どうしてそれを私に?」
「お忘れになられたのですか…」
「っ…!?」
終わるとはどういうことなのだろうか。そもそも、"お忘れになられた"それは何を示しているのか。すぐに答えなど出るはずはなかった。
その言葉を言い換えればすなわち、何か大切なことが私の中にある、ということ。
そう察しても、必死に思い出そうとしても、答えは出なかった。思い出そうとすればするほど記憶がごちゃごちゃに絡まる。そもそもそんな記憶自体、私の中にはないのだ。
なのに、この人はあるのだという。私には知らないその記憶が。
「何、を…」
私は何を忘れているの。分からない。全然思い出せない。悔しい、ピクリとも思い浮かばない。どうしてそんな大切なことを覚えていないんだろう。
「そうですか…それは残念です。ですがそのうち思い出すでしょう…」
何を、何を思い出すというのか。分からなくて悔しい。悔しくて心が苦しい。
私は眉を寄せ、ギリッと歯噛みした。
「選ばれたのです。ジェネシスが…最後の1人が…。恐らく今頃、バーンとガゼルは悪あがきにでも行っているでしょう…あそこに」
「バーンと…ガゼル…!?」
バーンとガゼルが悪あがき?
2人はその最後の1人、ジェネシスには選ばれなかったとでも言っているのか。
あそこ?
まさか、円堂くんの、雷門イレブンの元へというのか。
何のことだかさっぱりだった。そしてもう一度蘇るのが、なぜ私にそれを言うのか、ということ…。
「話は以上です。最後の戦い、楽しみにしていますよ…朝比奈楓香さん…」
「…っ……」
もう、分からない。何もかも。
「さぁ帰りましょう。こちらへ」
どうして分からないの?
どうして何も思い出せないの?
悔しくて視界がぼやけた。拭うことさえも出来なくて、私は唇を噛み締めた。俯いた瞳からはポタリと床に涙が落ちる。
結局私は何も出来なかった。無力でしかなくて何も気付けなかった。
そう、大切なあのことにさえ。
私に向けられた1つの瞳。俯いていた私はその視線に気付くことが出来なかった。
すれ違ったことにさえ気付けず、そのまま通り過ぎていってしまった。
「楓香…?」
そう、呟かれたとも知らずに―…。
告げられた未来
どうか知らないまま、今を過ごせたら、どんなに幸せだったんだろう―…。
「ヒロト…こちらです」
「父さん…」
私を取り巻く運命は少しずつ、着実に黒い闇へと変わっていた―…。
to be continued...
(2017.11.15)
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