みんなの笑顔を胸に (92/109)
「ねぇ朝比奈…ちょっと聞いていい…?」
「ん?なぁに?」
朝の10時頃。無事円堂くんたちにグラウンドを貸すことが出来たその日。別の言い方をすれば、円堂くんたちにグラウンドを貸したことによりフリーになった日。
ガタンゴトンと揺れる中、隣に立っていたマックスはそう突然私に問いてきた。
「どうして僕たち…電車に乗ってるの…?」
その台詞と同時に、その周りにいる彼ら、半田くん以外のメンバーも「うんうん」と言って頷いた。私はそれにニコッと笑顔を浮かべると、その現況の原点である半田くんに目配せした。
半田くんは少し照れくさそうに口を尖らせたが、説明してもいいと目で訴えて来ている。それを見た私はゆっくり口を開けた。
「ずっと練習漬けだったからね!たまには息抜きもしたらどうかーって半田くんが提案してくれたの!」
「半田が?!」
「な、なんだよ!俺がそう言っちゃダメなのかよ!!」
実際に言えばちょっと違うと言ったら違うけど、それでも第二の理由としては合っている。
昨日の夜、明日は暇だし何かお菓子でも作ろうかなーと考えていた時、半田くんからこんな提案を受けた。
『明日さ、きっとみんなも暇だろうし…みんなでどこか出かけないか?風丸のこともちょっと気になるし…少しは気、晴らしてやりたいと言うか…』
その半田くんの案にもちろん私は賛成した。やっぱり風丸くんのことに気付いていたんだと嬉しさを募らせつつも私はすぐさまみんなに連絡を取った。そして今に至る。
「ま、たまにはこんなのも良いかもね。僕も暇だったし」
「それでそれで、どこ行くんですか!?」
「んー…まだはっきりとは決まってないけど…映画見たりとか何か食べたりとか…?みんなは何したい?」
実際、本当に何をするかなんて決めずに来てしまった。男の子って何するのが好きか私には分からなかったからというのもあるけれど。だから、私はここはみんなに決めてもらいたかった。
「んー。どこがいいですかねー…」
「僕ゲーセン行きたい!」
「いいな!行こ行こ」
一応私たちが目指しているのは大型デパート。きっと求めるほとんどのものはあると思う。ワイワイと話をしていく彼らに胸を膨らませながらも私はふふっと微笑んだ。
――――――……
大型デパートを前にダッと走り出す彼ら。彼らは着いたと否やはしゃいで中へと駆けていった。そんな様子を見つめて微笑んでいると隣に風丸くんがやってきた。
「みんな…元気だな…」
「そうだね!もう早速誘って良かったって思っちゃうよ」
「ははっ…そうかもな」
彼の心境を窺いつつも彼の茶色い瞳を覗き込んでそう言った。多少不安は残るものの昨日ほど追い詰められているような様子は見られない。それにほっと安堵すると、前を走る彼らを見てそっと微笑んだ。
それからは映画を見たり、みんなの言った通りゲームセンターに行ったり。久々のフリー時間を目一杯楽しんだ。今頃雷門中では必死に練習してるんだろうな、と時折頭にチラつく。みんなが必死に練習してる中、こんな風に遊んでいるのも気が引ける気がしたが、たまにはいいのかもしれないとみんなの笑顔を見てそう感じた。
買ったアイスを頬張りながら、今日1日を満喫した私たちは元いた場所へ帰るべく出口へと向かっていた。
「あー楽しかった!でもなんか物足りない気がするなぁ…」
「俺も俺も。まだ遊べる気がするし」
「あ!もしさ、河川敷空いてたらサッカーやろうよ!やっぱりなんかやってないとやりたくなる!」
「そうだな!やろやろ!」
まだ日が沈むには早い。そんな日が沈むまでの時間が彼らにとったら勿体ないと感じるのかもしれない。河川敷前に着くとやっぱりまだ疲れを知らない彼らは河川敷に向かって走り出した。
3対3に別れてサッカーを楽しむ彼ら。そんな彼らを私はベンチで見守っていた。
ゴールキーパーのいないゴールに向かってボールを蹴り込む。勝ち負けなんて気にしないそのサッカーは笑顔で溢れている。疲れを感じ始めたのか、彼らはようやく動きを止めた。
「っぷはぁ…疲れた…」
「半田…ローリングキックもだんだん性能上がってるな」
「ははっ…やっぱり?」
風丸くんのその台詞に半田くんは嬉しそうに天を仰ぐ。風丸くんの言うとおり、あれからローリングキックの成功率もグンと上がっている。
「そう言えばさ、半田。半田はどうやってローリングキック完成させたの?」
「え…うん…。えと…朝比奈の練習メニューで…筋力つけて…」
「朝比奈の練習メニュー?え、なにそれなにそれ!」
半田くんのその返答にどうやら反応したマックスは身体を乗り出して半田くんに問いていた。半田くんは若干仰け反りながらもおずおずと返す。
「朝比奈が考えてきてくれたんだよ…。ローリングキック完成させるためのメニューを。必要な筋力つけたりとかさ…」
「うわーすごいね朝比奈!僕それ見てみたいな」
「へへ…なんか恥ずかしいな…。メニューなら私の家にあるよ?来る?ちょうどお菓子も作りかけであるし…おいでよ!」
そう言えば昨夜、お菓子を作ろうと材料だけは準備していたことを思い出し、私はそうみんなに言った。するとマックスはお菓子という単語に反応したのか目をキラキラ輝かせて大きく頷いた。
「いいの!?行く行く!な、半田!」
「えぇっ!?お、俺?」
「河川敷から私の家近いし…みんなおいでおいで!」
そんな成り行きで来た私の家。私はドアを前にカチャカチャと鍵を開けてみんなを中に促した。
「へぇ…中ってこんな感じになってたんだ…。朝比奈の家に入るのは初めてだよ!」
「な…なんかごめんな…俺らまで…」
「いいのいいの、気にしないで!」
マックスは何か宝を探すように目を輝かせ視線を泳がす。マックスを始めとして中に入ってきた風丸くんは眉を下げながらもそう言った。
「両親とか…大丈夫だったか?許可下りてないんじゃ…」
「あ、それなら大丈夫だよ」
そんな心配そうに言う風丸くんの台詞に私は苦笑いして答えた。
そう、私には両親に許可を取る必要なんてない。
「私の両親…何年か前に他界しちゃったから…」
「え…?」
「だから今は一人暮らし!」
そう、私はひとりぼっち。私の両親はもういない。そう告げられたのはアメリカの病院でだった。顔も声も何も覚えていない。死因だってわからない。なぜだか分からないがその現状をはっきりとは覚えてはいない。だけど悲しかったことだけは今でもはっきりと覚えている。
「な、なんかごめん…。変なこと言っちゃって…」
「そんなしんみりしないでよ!もう気にしてないから!さ、早く中入ろ!」
玄関に止まっていた彼らを促すべく背中を押して中に入れた。大きめのテーブルに座らせると目的であった練習メニューだけ渡し、「今から準備するからちょっと待ってて」とだけ言うと私はキッチンを向かった。
電子レンジを巧みに使い、だんだん甘い匂いが漂ってきた頃、テーブルの方でもワイワイと会話が繰り広げられていた。
「的確なメニューだな…」
「さすが朝比奈って感じ…どうしてこんな知識知ってるんだろ」
「んー何でだろう…ごめんね、私もよく分からない…」
「うわッ…朝比奈か…びっくりした…。わあ凄い!美味しそう!シフォンケーキだ!」
「はい、出来たよ!人数分に分けたらちょっと小さくなっちゃったけど…」
「美味しそうだな!じゃあ早速頂くよ」
私は出来たてのシフォンケーキをみんなの前に置いた。思っていた以上にいい反応をしてくれたことに嬉しさを感じる。私も余っていた椅子に座り、会話に参加した。
「さっきの話に戻るけどさ…分からないってどういうこと?」
マックスの話によれば、どうして私はローリングキックに必要な筋力やトレーニング方法を知っていたかということ。だけど、はっきり言ってしまえば私の答えは「分からない」だった。
なぜ分からないのか、それもいまいち分からない。確かに一部資料などを利用して作ったものだが、それ以外は不思議と思いついたことだった。
「うーん…。どうしてなんだろう…」
別にサッカーの知識や身体の作りなど勉強した覚えはない。気付けば備わっていた知識だった。
結局答えなんか出ない訳で、その疑問は迷宮入りすることになった。
「まぁそれはいいとして…半田だけなんてズルいよ、今度僕にも作ってよ!」
「あ、じゃあ俺も欲しいです!」
「俺も俺も!」
マックスに続き我も我もと手を挙げるみんな。やっぱり恥ずかしさは募るが、みんなの役に立てるなら幸せこの上ない。私はにっこりと笑うと喜んでOKした。
それから話されるのは取り留めもないことばかり。だけど気付けば外は赤く染まりかけている。それに気付いた私は早く家に帰るべくみんなを促した。
「ありがとう朝比奈!ケーキ美味しかった!」
「また時間があったら作ってくださいね!」
「こんな時間まで悪かったな…今日はありがとう朝比奈」
「いえいえ、また来てね!じゃあグラウンドが使えるようになったらまた連絡するから!」
「バイバーイ」と玄関下で手を振るとみんなは各々の方向へと去っていった。シンと静まり返るこの場所でもまだ、みんながいるような気分になって。でも実際いないと悟ると私は眉尻を下げた。
「さてと、みんなのトレーニングメニューでも考えようかな」
私はふぅと1つ深呼吸すると、みんなのメニューを考えるべく、誰もいないその家の中に入っていった。
私も役に立ちたい。やっぱりその気持ちは大きい。
早くみんなに渡せられたらなとみんなの喜ぶ顔を想像して、1人ふふっと笑った…。
みんなの笑顔を胸に
私はマネージャーとして、役目を果たすの―…。
to be continued...
(2017.11.15)
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