刹那見えた彼の影 (109/109)
「特訓の邪魔してごめんね…」
「いいっていいって!」
綱海くんと立向居くんの練習をしばらく見学した後、私は席を立った。
そしてそこを去ろうとした時、新たな声が聞こえた。
「あれ?楓香…?それに綱海と立向居も!どうしたんだ?」
「特訓だぜ!」
「それと楓香…大丈夫、だったか?」
「あ、うん…。きちんとお礼言ってなかったよね。ありがとう、本当に」
「当たり前だろ!俺たちは仲間だ!」
「ふふ…ありがとう」
あの時、もし円堂くんが駆けつけてくれていなかったらどうなっていたんだろう。
それこそ壊れていた気がする。
どうしようも出来なくて、ひたすら泣いていたんだろう。
「じゃあ私はこれで。明日、頑張ってね!テレビで応援してる」
「おう!絶対勝ってくるぜ!」
「頼もしいね、相変わらず!じゃあ…また」
私はそう3人に笑いかけると階段を下り、この鉄塔広場を出る。
もう外は真っ暗だ。今日の天気予報によればもうそろそろ降る時間。雲も次第に厚くなっていっている。
もうそろそろ帰ったほうがいいかな、と私は家に向かうことにした。
帰り道には河川敷がある。
辛かったことも、幸せだったことも、いっぱい思い出がつまっている場所。
今回もそんな出会いがあるなんて、まだ私は知らない。
帰る途中にやはり、ぽつ、ぽつと雨が降り出してきた。今日天気予報見てきて良かったと思いながら私はバサッと傘を広げた。
パチャパチャと水たまりの水を飛ばしながら前を歩く。
そんな時だった。
「教えてくれ吹雪。お前の考える完璧とはなんだ」
どこからか豪炎寺くんの声が聞こえてきた。2人の特徴的な白い髪がぼんやりと映っていて影を確認することが出来た。
橋の下に2人はいた。私はどうしたんだろうと思いながらも河川敷の横を歩いていく。
「だからアツヤと一緒に」
「それがお前の完璧なのか?」
「だって…お父さんはそれが完璧なんだって」
声からしてあまり良い雰囲気だとは思えなかった。私は立ち止まって2人を見つめる。
階段を降りると吹雪くんの影が視界からなくなる。豪炎寺くんしか見えないところまで来た私だか、きっと2人は気付いていないんだろう。
豪炎寺くんは真剣な眼差しのまま、こう紡いだ。
「俺は完璧じゃなくても、サッカー楽しいぜ」
「豪炎寺くん…」
完璧じゃなくても…。その言葉が私の中を渦巻く。
はっと我に帰った時には既に豪炎寺くんが橋の下から出てきていた。
「練習はひとりでやれ。完璧になりたいなら必要なものを間違えないことだ」
「豪炎寺くん…!」
雨の中、グラウンドを去っていく豪炎寺くん。呼び止めても豪炎寺くんが止まることはなかった。
だんだん小さくなっていく彼の背中。私はその背中を眉を割って見た。
「豪炎寺くん…ひとりは…ひとりは嫌だよ!」
吹雪くんは抑えきれない思いをぶつけるかのように言葉を紡ぐ。
そしてそう言葉を紡ぐと彼の背中を追いかけるかのようにゆっくりと橋の下から出てきた。
ようやく映ったその姿はやけに小さくて、私はぎゅっと胸が締め付けられるような感覚になった。
「豪炎寺くん…僕は…僕はいったいどうしたら…」
吹雪くんはそう囁くとしゃがみ込むように体を丸めた。
ぽつ、ぽつ、と私の傘に雨が滴る。吹雪くんの髪からは耐えられなくなった雫が地面へと落ちていく。彼のユニフォームの色がだんだんと変わっていく。
私はこれ以上見るのが辛くなって、そっと近付いた。
「っ…。君…は…」
雨が当たらなくなったことに違和感を感じたんだろう。彼は俯いていた顔をあげ私を見ていた。私は黙って、吹雪くんに傘を差し続けている。
「風邪…ひいちゃうよ…」
私がそう静かに言葉を放つと彼の目はゆっくり大きくなっていった―…。
刹那見えた彼の影
なんだか、私も似ていると思った。
そう、私たちは"独りぼっち"だから―…。
to be continued...
(2017.11.15)
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