優しい笑顔の裏には (101/109)

【半田視点】


こんなんじゃダメだ。もっと、もっと、強くならなければ…。

俺はそんな一心でサッカーボールを脇に抱えある場所に向かっていた。

まさか、あんな境遇に立ち合うことになるなんて知らずに―…。


「ローリングキック…もっと強くならないかな…」

もっと強く放つために。どうしたら強く打てるかを考えながら俺はあの場所へ訪れた。

そしてそんなとき、ふいに聞こえた2つの声。


「まぁいい、今回は見逃してやろう。だか、最終的にジェネシスに選ばれるのは私たちだ」

「俺も若干忘れてたんだけどよー。その顔はマジで忘れてんのか?」

ジェネシスに選ばれる?
どういうことだ…?

忘れてた?

俺は疑問に思いながらも首を傾げその境遇を見ようとした。だが、次に聞こえてきた声に俺は息を呑んだ。


「忘れてるって…何を…?」


忘れるはずはない。すぐに分かった。この声は、朝比奈なんだって…。

俺は立ち止まった。そして確かに2つの対になる色と、愛しい影が俺の目に映った。


どういうことだ。どうして朝比奈がこんなところに。いや、それよりもどうしてあの2人がここにいるんだ。なんで、朝比奈と話している。

そんな疑問ばかりが頭を渦巻いていると、ふと隣に感じた影に俺はハッと我に返った。


交わる1つの瞳。1つは強制的に遮られている。


「お前は…!」

コイツも、忘れることはない。何度か対戦したことはある。そして、あの場所、病院で見た…。


「佐久間…?」

水色の髪を垂らし、驚いたように見開かれる紅い左の瞳は俺をしっかりと捕らえている。

いつからいたのか分からない佐久間はあの境遇を見て静かに眉を寄せている。


「お前は朝比奈とあいつらの関係…知っているのか?」

「っ…いや…なにも知らない…」

俺は佐久間の瞳を辿ってもう一度あの境遇に目を移すと同じように眉を寄せた。
佐久間のその言葉で、少なからずコイツは朝比奈と関係があるのだと察する。だけどそんなことは今はどうでも良かった。


「朝比奈と別れた後…しばらくして地響きを感じたから戻って来たんだ…。そしたらこれだった…」

「……」

俺は黙って佐久間の話に耳を傾ける。


「だけど…そこから前に進めなかった…。俺なんかが割り込める気がしなかったんだ…。それくらい、あの3人には何かある気がする…」


佐久間の言い分も少しは分かった気がした。確かにここから一歩も進めない。なぜか、足が竦んで前に行けなかった。

俺が助けなきゃ、そう、分かっているのに…。



「待って…っ…!風介…晴……っ!?」


「「っ!?」」


その言葉で、出かけた言葉も全て飛んでいってしまった。

きっと佐久間も同じだと思う。その左目は大きく見開かれている。


「じゃあな、楓香」

「また会おう」

「っ…」


あいつらが去るまで、結局俺たちは一歩も進めなかった。静けさが残ったそこをただただひたすら見つめることしか出来なかった。



「っ…もう…分からないよ…」


泣き崩れる朝比奈。俺も佐久間も、きゅっと眉を寄せるとゆっくり朝比奈に近付いていった。



「朝比奈…っ…」

「っ…!はん、だ…くん…?それに佐久間くん、も…」

「大丈夫か…?」

「っ…ごめん、ね…」

「俺らこそごめん…何にも出来なくて…」

「ううん…全然大丈夫だから…」


俺は、しゃがみ込み泣き崩れていた朝比奈に手を差し出す。朝比奈は手の甲で涙を拭うと俺の手を取った。俺はそれに合わせて手を引き朝比奈を立ち上がらせた。

敢えて、さっきのことは何も触れない。知りたい気持ちはもちろんある。だけど朝比奈の今のこの様子じゃ聞くに聞けない。ここで聞いたら無神経にも程があると思った。


「ごめんね…変なところ見せちゃって…」

朝比奈はそう言葉を紡ぐとまた、辛そうな笑顔を浮かべた。朝比奈はいつだってそうだ。心配かけまいと自分が抱えるもんは全て塞ぎ込み、自分で解決しようとする。人が辛い時、いつだって仲介役になって一緒に解決しようとしてくれるのに。
そんなんじゃいつか壊れる。いや、今がそうなのかもしれない。それは、今出ている涙が証明してくれている。


「俺が…俺たちがいるんだ、そんな独りで抱え込まないでくれ…。辛いなら…いつでも話は聞く。俺はまだ、朝比奈にはあの時の恩返しが出来てないんだ…」

「佐久間…」


俺はその時、コイツも朝比奈に救われた1人なんだと察した。右脇に抱えている松葉杖と何か関係があるのかもしれない。

俺は佐久間の意見に同意しつつ静かに頷いた。


「へへっ…反対に心配かけちゃったみたいだね…。ありがとう…。でも、ね…私もよく分からないの…全然、思い出せない…昔のこと…」


思い出そうとすると、頭がごちゃごちゃになって余計分からなくなる。朝比奈はそう付け足すように言った。

しばらく続く沈黙。それはまた朝比奈が破った。


「だからね、気にしないで…。きっと…きっとそのうち思い出すから…」

やっぱり辛そうな笑顔は変わらなかった。だけど俺たちは察していた。これ以上俺たちに入る余地などない、と…。


「佐久間くんもごめんね、わざわざ戻って来てくれて…」

「いや…そんなことは気にしなくても大丈夫だ…」

「ありがとう…。半田くんはどうしたの?サッカーボール持って…」

「あ…ちょっと…練習、したくなって…」

「そっか!じゃあ私も付き合う!」


ふと気付けばまた変わらない優しい笑顔。でもその笑顔の裏に抱えているものを察すると俺の霧は晴れなかった。

結局今日も弱い俺は朝比奈を助けられなかった。


強く、強くならなければ…。

そんな想いばかりが、日に日に増していった―…。




優しい笑顔の裏には


きっと、とてつもなく大きな何かがあるんだろう―…。


to be continued...
(2017.11.15)

[bkm]

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