「あ、落ちちゃった」

夜のグラウンド、すぐ隣で線香花火を持った誉がぽつりと呟いた。翼の一声でやることが決まった花火。翼のやつが木ノ瀬も一緒にというもんだから、同じ弓道部である誉も誘った。人数が多い方が楽しい、何より誉がいると俺が楽しいから。
花火を振り回す翼とそれを制する木ノ瀬、また違う場所では颯斗と宮地がそれぞれ手に花火を持って夜の闇に光を散らせていた。3年生は端で線香花火でもどうですか、と誉に言われて、手持ち花火を楽しむ後輩たちを見守るように少し離れたところにしゃがむ。

「誉は線香花火、似合うな」
「そうかな?でも、線香花火苦手なんだよね、すぐ落ちちゃって」

新しい線香花火を手にとって俺の方に先を寄せる。誉の持つ線香花火の先にライターを近づけて火を灯してやれば、先端が丸まって小さな火の玉をつくる。

「ありがとう」

ふわり、微笑まれる。そして線香花火へと意識を集中させた誉は真剣な顔でぱち、ぱちと弾ける線香花火を見つめた。動かさないようにと一生懸命な誉にふと笑みが零れる。徐々に大きく稲妻のように弾ける線香花火だったけれど、ふとした拍子に火の玉は重力に逆らえずに落ちて行った。

「また落ちちゃった…。なんで一樹のは落ちないんだろう」
「適当な方が最後まで落ちないぞ?」
「そういうものかな?」
「そういうもんだ」

適当な答えをしていると捉えた誉はぷうっと頬を膨らませて、また新しい線香花火を手に取った。どうしても最後まで落とさないでいたいらしい。ふわふわと柔らかそうに見えてこういうところで頑固なところがまさに誉だ。

「そうだ」
「どうしたの、一樹」
「線香花火、落とさないで最後までいられると願いが叶うって知ってるか?」
「そうなの?」
「ああ、ちっさい頃に言われた。だからほら、なんか願い事考えろ」
「え、いきなり?…えっと…」

目をあっちこっちに動かして考える誉を急かすように線香花火の先に火を近づけた。くるりと丸まる火の玉は次第に火花を散らせていく。自分の線香花火にも同じように火を付けた。無言で線香花火を見つめ、過ぎていく時間。火の玉の大きさは最大地点を越えて、段々と小さくなってきた。ちらり、横を覗き見ると誉の線香花火もほとんど終わりに近づいていた。すうっと暗闇に飲まれるように消えた最後の光を見届けてから誉の方を見れば、嬉しそうにほほ笑んでいた。

「落とさなかっただろ?」
「一樹に得意げな顔されちゃうとちょっと悔しい」

きっと誉は他人のことを願うと分かっていたから。自分のことよりも他人のことを優先して、そして他人を優先した時の方が力を発揮できるのだから、損な性分だと思う。

「で、何を願ったんだ?」
「一樹にいいことがありますように、って」
「自分のこと願えよ」
「そういう一樹は?」
「誉が線香花火落としませんように」
「人のこと言えないじゃない」

そう言って笑う誉はどこか嬉しそうで、その顔を見ることができたから十分に満足だ。自分のことなんて願う必要はない、だってこうしてお前が代わりに願っていてくれるから。だから俺はお前のことを想って願うよ、そうしたら幸せになれるのは俺だけでも、お前だけでもなくなるだろう?

誉が差し出した線香花火を受け取って、寄せられたその先端に火を灯す。ゆっくりと丸まった橙の光を眺めて幸せを噛みしめた。



消えることなどない、と知っていたから。


title:サーカスと愛人




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