「ただいまー」
「おかえり」

帰ってきたときの条件反射というのだろうか、帰ってきて最初に言う言葉がこれで、いつもだったら母さんのおかえりという声が返ってくる。けれど玄関をくぐって最初に聞こえたのは思いもかけない射弦の声だった。きょろりと周りを見回すけれど、どう見てもここは俺の家、間違って入ってきたわけではない。

「お前、なんでいんの?」
「今日からおばさんたち、旅行って言ってなかった?」
「あーそういえば」

家の親と射弦の家のおじさんとおばさんは昔から仲が良くて、しょっちゅう4人で旅行へ出かける。そういう時は子供たち3人でどちらかの家で過ごすのが常で、どうやら今回は俺の家のようだ。

「あ!夕飯カレー!?」

家の奥の方から鼻に届いたカレーの香り。俺の大好物であるそれについ反応が大きくなる。3人で留守番の時は自分たちでご飯を作るか、その辺に食べに行くか、適当に買ってくるかだ。小さい時は面白がってよく自分たちで作ってたけど、最近では手作りはご無沙汰、なにより射弦の手作りはいつぶりだろうか。

「材料あったから作った」
「やった、俺大好物」
「知ってる」

嬉々として靴を脱ぎ家へあがり、キッチンへ向かうとカレーの良いにおいに包まれてなんだか幸せだ。鍋のふたを開けて見てみるとごろりとした野菜たち、鼻をつんと刺す香りに辛いであろうことが想像できる。

「なあ、弓弦まだ帰って来ないのか!?早く食べたい…」
「遅いから先食べてろって、さっきメールきた」
「あ、そうなのか?じゃあ夕飯にしよう!な、射弦」

カレーを前にしてつい顔が緩む俺のことを呆れ顔で見る射弦だけど、楽しみなものは楽しみって顔をして何が悪い。分けるくらいは自分でして、と差し出されたお皿にご飯いっぱいカレーをたっぷりかける。

「射弦のもかけてやろうか?」

自分のをかけたついでに、と思って声をかけるとあからさまに嫌な顔を返された。

「遠慮」
「なんでだよー折角俺が親切心で言ってやってんのにー」
「だって、藍気持ち悪いくらいかけるじゃん」
「それがうまいんだって!」
「…自分でやる」

俺の半分以下程度のカレーしかかけない射弦を横目に先にテーブルへと向かった。射弦も向かいに座って2人で手を合わせる。小さい時から変わらないこの風景。俺の前に射弦が座って、弓弦は射弦のとなり。食べる前には3人で手を合わせて「いただきます」。親たちが旅行に出かけるのも久しぶりで忘れたけど、こうやって俺たちだけでご飯食べたりすんの結構好きだったんだよな。射弦の作ったカレーを口に運ぶと思った通り辛い。

「辛い!うまい!」
「それはよかった」
「俺さ、カレー屋いろいろ行くけど射弦の作るカレーがいちばん好きだぞ」
「へー」

目も合わせずに適当に流してる射弦だったけどこれは嘘とかお世辞じゃないんだぞ。と、俺は無意識に口を尖らせていた。だって野菜ごろごろだし、これでもかってくらい辛いし、まさに俺の好きなカレー。何でなんだろう…小さい時から食べてたからかな?そういえば小さい時から射弦が作るのはカレーが多かったっけ、射弦辛いのあんまり好きじゃなくて甘いのしか作らなかったんだよなー。そんな回想を繰り返しているとふと疑問が沸く。

「なあ、射弦っていつから辛いのだいじょぶになったんだ?」
「…さあ、いつでしょう」
「もしかして今もあんま好きじゃなかったりとか」

適当に言ってみると、射弦がふと顔をあげる。その真顔のままでぽつりと呟いた。

「よく分ったね」
「え」
「だから、あんまり好きじゃない、辛いの」
「ええええ?」

こんだけ辛いカレー作っといて!?いや、俺は好きだけどさ…自分がそんなに辛いの好きじゃないんならもっと甘いの作ればいいのに…あれ?頭の中でぐるんぐるん考えたことがある一点で停止した。

「俺が、辛いの好きだから?」
「自意識過剰」

相も変わらずそんな調子の射弦だったけれど、なんだかすごく納得いってしまって。

(俺が好きなように作ってくれてるんだもん…好きに決まってるじゃんか…ほんと俺鈍感だなー)

聞いてもちゃんと答えてくれないだろうし、きっとこの推測は間違ってないだろうから…とりあえず喜んでおかわりしとこうかな。辛めのカレーを少しずつ口へと運んでいる射弦に笑いかけると怪訝そうな顔を返される。こんなだけど可愛いところもあるんだよな、なんて、言ったらどうなるか分からないから言わないけど。



胃袋を掴まれた僕は





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