いづあい


7月7日、今日は七夕だ。そういう行事と重なっているからか、俺の誕生日は人に覚えてもらいやすい。学校へ行ったら何人かが「おめでとう」と声をかけてくれたし。そんな学校の友達でさえ覚えていてくれているというのに、毎日のように顔を合わせて、しかもこーんな小さい時から一緒に過ごしてきているというのに、あいつはいっつも忘れてるんだ。俺の誕生日を。別に、祝ってほしいというわけじゃないけど…いや、あるわけなんだけど…自分から祝ってくれなんて恥ずかしくって言えたもんじゃないし、そんなことを言おうもんなら可哀想なものを見るような目で見られて、調子に乗られてしまうんだろうなと容易に想像できた。変なところで意地っ張りなのは今更だけど、射弦に祝ってもらえなくって寂しいって思うようになったのはいつからだろう。

「あーやだやだ!考えるのやめた!」

頭をくしゃくしゃにしながらベッドの上に転がる。ごろんごろんと天井を見上げていたら、部屋の戸が開いた。

「下まで聞こえてたけど、藍、頭だいじょうぶ?」

げ。慌てて身体を起こしてみて見れば、開いた戸のところで立っていたのは射弦。あまり目つきの良くない射弦の目が、変人を見るように俺の方を向いている。

「大丈夫ですよーだ。ていうかお前も勝手に入ってくるなよ!」
「今更、でしょ」

確かにその通り。親同士仲がいいもんだから、小さいころからお互いの家を行ったり来たり、俺の家に射弦がいても射弦の家に俺がいてもなんら不思議じゃなく育ってきた。こうやって俺の部屋にいきなりやってくるのも珍しいことじゃない。それでも、それにしたってだな!もごもごと口ごもっていると淡々とした口調で射弦が言う。

「今年は行くの?七夕祭り」
「…ああ!いくいく!!」
「ならさっさとして。下いるから」
「え、ちょっと待てって…」

待つこともなく部屋を後にした射弦。部屋に残された俺はそれなりに急いで出かける準備を進めた。七夕祭り、近くの神社で毎年7月7日に行われている小さなお祭りで、小さい時から毎年行っている。最近は忘れそうになるけど(実際今日も言われるまで忘れたたけど…)射弦は毎年覚えてて、ふらりと迎えにやってくる。確か去年もこんな感じだったけな。小さい頃は俺が喜んで行こう行こうって射弦と弓弦を引っ張っていってたのに。なんだかんだ言って射弦も七夕祭り、好きだったのかな?

準備をして向かう。外はまだうっすらと明るいけれどあと30分もすれば真っ暗になってしまうだろう。今年は久しぶりの晴れ。去年も一昨年も曇ってたから織姫と彦星は会えなかったのかな、って思ってた。だから今年は晴れて良かったなーなんて。

「なあなあ、射弦。今日は晴れてるから織姫と彦星会えるぞ」
「藍って、子供みたいだね」
「…悪いか!」
「ううん、いいんじゃない?」
「馬鹿されてばっかだよなー…俺」
「藍、それは被害妄想っていうんだよ」

あーはいはい、って適当に流してやれば少しへそを曲げた俺に楽しそうな微笑みを見せた。まったくやなやつ。

「あ、射弦、あれ書こう」

目に付いたのは大きな笹の下の短冊を書くスペース。笹には色とりどりの短冊がかかっていて、人それぞれの願い事が散りばめられている。女子高生や小さな子供たち、おばさんたちもそこで1枚の短冊に願い事を書きこんでいる。これを書くのも、俺たちの恒例行事だ。

「めんどくさい」
「いーいーだーろ!毎年書いてるんだから!ほら、いくぞ」

射弦の腕を引っ張って連れていく。オレンジの短冊を選んで、ペンを握る。

(…願い事、何にしよう)

書こうとは言ったもののいざ目の前に置くと何をお願いしようか迷ってしまう。願い事が無いんじゃなくてありすぎて迷ってしまうのだ。

「藍、さっさとしなよ」
「お前もう書いたのかよ」
「つるしてきたけど」
「はやっ」

紫の短冊を渡してすぐにペンを走らせた射弦、願い事とか無さそうなのに一体何を書いたんだろうか。

「射弦にも願い事とかあるんだな」
「短冊は…毎年書くこと決まってるから」
「なんて書いたんだ?」
「教えない」
「いいだろー教えろよー」
「自分で見てくればいいよ」

もう、置いてくから。って言って本当に歩いて行ってしまいそうな射弦だったから、とりあえず、今一番思ってることを書いてみた。とりあえず。うん。

「…藍」
「うっわ!!いきなりはなしかけんな!!」

耳元で射弦の声が聞こえたから思い切り振り返る。こんな願い事、こいつにだけは絶対に見られたくない。

「言えば言ってあげるのに」
「…!み…みたな〜…!!!」
「見えた」
「最悪だ…」

顔が赤くなるのが分かる。なんでだよ、もう行ってしまったと思ったのに。自分で書いた短冊を見てこんなん書かなければ良かったと後悔したところでもう遅い。『射弦がおめでとうって言ってくれますように』自分の大して綺麗でもない字が並んでいる短冊。射弦は嬉しそうに…というよりからかうような顔してるけど。こうしてても居心地が悪いのでさっさと短冊飾って逃げてしまおう。ていうかこの短冊見たくせに、それでも何も言ってくんないのが…射弦だよなあ。大きな笹に短冊を結び付けようと腕を伸ばす。紐で縛り付けていると隣で射弦が待っていて、結び終わった俺の奥の方に向かって指をさした。

「俺の短冊、それ」

さっき俺が教えてとせがんだからだろうか。指をさした先の紫の短冊を見つけて、そこに書かれた文字を読んでみる。右上がりの線の細い字。すとんと並んだ射弦の文字に、俺はまた顔が赤くなるのを感じる。

「なんだよこれ」
「俺の短冊」
「願い事じゃねーじゃん」
「俺、願い事とかないし」

お前、さっき短冊は毎年書くこと決まってるって言ってなかったか?
『藍、誕生日おめでとう』
一言そう書かれた短冊にどきどき言ってしまうこの心臓が憎らしい。恥ずかしさで射弦をにらんでやると、にっこり笑って口を開いた。

「藍、誕生日おめでとう」

その笑顔は反則だ。滅多に笑わない癖に、笑うと言っても馬鹿にしたように微笑むばっかりのくせに、どうして今この瞬間にそんな笑顔で笑うんだ。

「…ありがとう」
「もう願い事叶っちゃったね、別のこと書けばよかったのに」
「いいんだよ!もう満足!」

顔が赤いのが収まらないけど、もう空も大分暗いから射弦にだってばれないだろう。少し早歩きで射弦の前を歩く。上を見上げれば天の川がきらきらと輝いていた。今年は、ちゃんと会えたんだろうな。織姫も彦星も幸せかな?今の俺みたいに。



宇宙の川を渡りましょう






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